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【大学準硬式】甲子園で活躍したあの選手はなぜ「準硬」に? 花巻東・佐々木洋監督が話す「準硬に進むメリット」

2020.8.31

準硬式に進んだ選手は『自主性』を磨いて成長し一流の企業に入っている印象がある

上戸鎖飛龍。姓を「かみとくさり」、名を「ひりゅう」と読む。2年前、2018年春の第90回選抜高校野球大会で最も印象に残った名前だ。

8強入りした花巻東(岩手)の中心メンバー。彦根東(滋賀)との3回戦では0―0の延長十回、無死一、二塁からバスターで安打を放ち、サヨナラ勝ちへの足がかりを作った。珍しい名字も相まって、強烈に記憶に残っていた。

明大準硬式野球部。彼が次なるステージとして選んだ場だ。今、2年生。今回の「サマーチャレンジカップ」では3番打者として、中大との3位決定戦でも安打を放った。

「26日の準決勝で負けて落ち込みましたけど、3位決定戦の相手になった中大もめちゃくちゃいいチームだし、みんなで3位に向かって頑張ろうって話してから試合に臨みました」。結果は4―5で敗れたが、試合後は笑顔を交えながら話してくれた。

明大と言えば、硬式野球部から毎年のようにプロの世界に選手を送り出す東京六大学の名門。ただ、同じ「明大」でも、準硬式となると、注目度は異なる。硬式と同じ6校で構成される東京六大学リーグ戦は観客もまばらだ。甲子園で活躍した彼なら、硬式野球を続けることもできたはずだが、なぜ、「準硬」に?

答えは明快だった。

「野球で日本一を目指しつつ、アルバイトや一人暮らしもできるって聞いて」

今大会は全4試合に出場し15打数5安打と気を吐いた(写真は準決勝・日本大戦)
高校3年生で進路を考えた時、明大の準硬で野球を続ける花巻東の先輩から話を聞く機会があった。寮でチームメートと暮らしながら野球漬けの高校生活を送ってきた上戸鎖には、アルバイトや一人暮らしといった「実社会」との接点が魅力的に感じた。そして明大の準硬には、同じように甲子園に出た選手もいてレベルの高い野球にも触れることができる。

上戸鎖だけでなく、中大にも中森至(1年)、藤森晃希(2年)と花巻東でレギュラーだった選手たちがいた。同校の佐々木洋監督は、準硬式にも積極的に選手を送り出す理由をこう説明する。

「社会人チームが多かった昔なら、野球をやっておけば一流の会社に入れましたが、今はそうはいかない。野球が終わった後の人生も長期的に考えて進路を選択するように選手には伝えます。準硬式に進んだ選手はみんな、『自主性』を磨いて成長して、一流の企業に入っている印象がある」

これこそ、準硬式野球の魅力だと、今回のチャレンジカップを開催した関東地区連盟の井上広・学生委員長(慶大)は言う。

「準硬式は大学生活を充実させることができる部活です。慶大でもほとんどの部員が大学のゼミに入っていますし、ほかの大学の選手も多くがアルバイトをしています」

実際、上戸鎖も週に2~3日は居酒屋でアルバイトをしている。リーグ戦期間中などは勤務を減らすなど、野球に支障が出ないように工夫もしているという。

学生主体のリーグ運営、チーム運営も魅力。今大会で優勝した日大は米崎寛監督が主に土日と祝日しか練習に顔を出せないため、平日は石田崇人主将(4年)を中心にメニューを考え、練習に取り組んできたと言う。


大会の最優秀選手にも選ばれた石田は、優勝にこだわりプレーでもチームを引っ張った
「うちは高校時代に試合に出られなかった選手も多い。能力が高くない分、チーム一丸となって戦う『組織力』を大切にしてきました」という石田主将の言葉も深い。単に「学生主体」と言えば聞こえはいいが、それを実践し、組織を一つにまとめるのは主将の力だけでなく、個々に自律しなければならないのだ。

さらにおもしろいのは、上戸鎖のように甲子園で活躍した選手、石田のように高校時代は2桁背番号だった選手だけでなく、軟式からの転向組や高校では野球をやっていなかった選手もいること。

ほとんどの選手はプロや社会人野球には進まないため、そういった多種多様な選手たちが、「野球人生の集大成」として4年間を熱く戦い抜く。

真剣に上のレベルを目指す硬式とも違えば、サークル活動とも違う。自分次第で中途半端にもなれば、充実させることもできる。社会に出る前の4年間。上戸鎖は言う。「野球は日本一を目指してやっていますし、野球以外の時間は周りに流されないように目的意識を持って過ごしています。すごく、充実しているなと思います」
(取材・文:山口史朗)


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