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【福岡大大濠】八木啓伸監督|大濠スタイルを一新させた浜地真澄の存在 すべてのきっかけは、2016年の夏にある

2025.6.18

柴田獅子、山城航太郎、山下舜平大など、近年立て続けにプロに選手を輩出している福岡大大濠高校。彼等を指導した八木啓伸監督に、これまでの監督生活の中での失敗、後悔、忘れられない敗戦などについて話を聞いた。


九州大会優勝からの夏初戦敗退

━━2010年の監督就任以来、たくさんの勝ちと負けを経験してこられたと思いますが、指導者として一番のターニングポイントとなった敗戦を覚えていらっしゃいますか?

やはり浜地真澄(DeNA)たちの代で喫した2016年夏の初戦敗退ですね。あの年は春の九州大会で25年ぶりに優勝しましたが、あれが私にとっても初めての九州優勝でした。下級生にも三浦銀二(元DeNA)、古賀悠斗(西武)、仲田慶介(西武)がいたこともあり、戦力は非常に充実していました。彼らが力通りに九州大会を勝ちきってくれたことで、大きな手応えと自信を持って迎えた夏でした。もちろん私自身も非常に楽しみにしていたのですが福岡第一に初戦で敗れ、1勝もできずに終わってしまったのです。そこはすごく後悔もあるし、反省もある。指導のやり方をあらためて見直していこうという、大きなきっかけとなった試合になりました。
 
━━具体的な指導スタイルの変化をうかがう前に、まずは浜地世代の敗因を振り返ってください。

やはり気持ち的な部分でしょうね。私自身も含めて、多少の緩みがあったのかなと思います。それから浜地の状態がなかなか上がってこなかったですね。あの試合は雨の影響で3日続けて中止となったあとで迎えた一戦でしたが、それ以上に浜地がしっかり練習できる環境を事前に整えてあげられなかったという後悔が強く残っています。九州大会優勝のあと、集中的にスポットライトが浜地に当たり、たくさん注目していただけるようになったことで、いろんな方がグラウンドに足を運んでくれるようになりました。非常にありがたいことではあります。その反面、浜地が地に足を付けて練習できる状況を作ってあげることはできませんでした。

━━その2016年春は、県大会後の4月に熊本地震が起き、長崎で行われた九州大会の開催が約1カ月延期されるという、例年にはない変則スケジュールでした。5月17日の九州決勝まで目一杯戦ったことの影響はありませんでしたか?
 
九州大会から夏までの期間が例年よりも短くなったことで、コンディショニングはやはり難しかったですね。浜地もそうですが、チーム全体を良い状態にしてあげられなかったし、夏に向けて集中させてあげられなかったなと感じています。九州で優勝してから時間が短いということは、勢いを維持したまま夏に入ることができるということ。しかし、追う立場から追われる立場になってしまったことで、そこを上手く乗り越えられる方法を見出す時間が、当時の私にはなかったのも事実です。手探り状態のまま“ふわっ”とした状態で夏に入ってしまいました。九州大会後“さあ、次は夏だ!”という方向性を作る前に、夏が来てしまったという感じですよね」



━━それでも“今年のチームだったら、なんとかしてくれるんじゃないか”という考えも当然あったと思います。
 
たしかにありました。ただ、この初戦というところがまた重要なポイントだったと思います。ひとつ勝っていれば、ポンポンと良い感じでトーナメントを勝ち上がることができたのかもしれませんが、結局は力を出せないまま終わってしまいました。あの試合であらためて「高校野球の初戦」の難しさを痛感したと言いますか、初戦に勝つことの難しさを思い知らされました。その経験があるので、以降は「初戦が大事だ」、「まずは初戦だ」というような言葉を多く用いるようになりましたね。間違いなく、その後は初戦に対する熱量は上がっています。決勝に向けて合わせていくのではなく、とにかく初戦に合わせる。以前は初戦から最後(決勝)までをトータルで考えていましたが、浜地たちの代を機に初戦にすべての力を発揮させること、いかに初戦にベストを持ってこられるかを考えるようになりました。


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