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【創成館】センバツ最多の「5本柱」、複数投手制で夏も挑む!

2018.6.19

今春のセンバツで8強入りを果たした創成館(長崎)。昨秋に創部初の九州大会優勝を修め、神宮大会では大阪桐蔭を倒して準優勝。その名を全国区へと押し上げたのは、就任10年、社会人野球監督経験もある稙田(わさだ)龍生監督(54)だ。監督をしながら募集広報室次長も務め、部員120人の大所帯で「応援される」チーム作りを目指す。


センバツ最多の「5本柱」。複数投手制で夏も挑む

 今春センバツに出るまで春2回、夏1回の甲子園出場がありながら「何県の学校ですか?」と聞かれることが少なくなかった創成館。この名が全国区になったのは昨秋の神宮大会がきっかけだった。初出場ながら、おかやま山陽、聖光学院に勝ち、準決勝で優勝候補の大阪桐蔭を7-4で撃破。先発の変則左腕・七俵陸(現3年)が138キロの球速でコーナーを投げ分け、キレと制球力で主砲の藤原恭大から2三振を奪う好投を見せた。相手のミスもあったが、打線も12安打を打ち決勝進出を果たす(創成館は準優勝)。ちなみに、大阪桐蔭はこのあとのセンバツ、近畿大会で優勝したため、新チーム結成後の公式戦敗戦はこの1敗のみとなる。この勝利について選手たちは「まぐれ」と今でも笑うが、この経験が選手たちの自信となったことは確かだ。

創成館は、センバツでも躍動した。下関国際、智弁学園に競り勝ち、準々決勝進出。智弁和歌山を延長10回まで追い詰めた。10回表に1点を勝ち越し、その裏。「あと1死」としたが、4番手の酒井駿輔(3年)が黒川史陽(2年)に打球をフェンス際まで運ばれ、逆転サヨナラ二塁打に。2死で前進守備をとっていたレフト野口恭佑(3年)のグラブがわずかに届かなかった。ただ「強打の智弁」を相手に10安打10得点と打ち負けなかったことは「想定していなかった収穫」と稙田監督。夏への悔しさを残しての敗退に「負け方としては最高の負け方でした」と前向きにとらえた。
「センバツ2勝、8強入りができたらいいなと思っていたら実現できた。このチームなら日本一を目指してもいいかもしれない。勝負強い子がそろっている。今までとはちょっと違う強さを感じています」。勝負強い選手たちに、夏も期待している。

寮に住み込み、寮監も務める稙田監督。選手に聞くと「練習と寮とで、メリハリがある。寮ではお父さんみたいな感じです」。選手の可能性を伸ばす指導法でチームを強くした。

大会中に話題となったのが、複数投手による稙田監督の継投術だ。5人もの投手を起用したのは出場校で創成館だけだった。秋の九州大会はエースの川原陸(3年)、七俵陸のW左腕、右の戸田達也(3年)、右横手で上からも下からも投げられる伊藤大和(3年)の4投手で優勝を修めたが、センバツではもう一人、右の酒井を追加し「5本柱」を形成した。酒井は秋にヒザのケガを負って登板がなかったが、稙田監督は3月の練習試合の内容を見て「活躍できる」と確信。「公式戦登板ゼロ」とは思えぬマウンド度胸で、智弁学園戦で好リリーフを見せた。

センバツでエース番号を付けた川原陸投手。長崎シニア時代に中学日本代表に選ばれ、大舞台に強い。140キロを超える直球が武器で、ツーシーム、チェンジアップも操る。

「“投手は完投”という頭はない。タイブレーク制も決まり、一人で投げ抜く時代ではない。継投が当たり前です」と断言する。春の九州大会ではさらにもう1枚、左の荒木飛翔(3年)をメンバー入りさせ、九国大付戦の先発に起用するサプライズも見せた。人数が多いと、当然、起用法に迷いが出る。そんな時は、2度の日本選手権出場を勝ち取った九州三菱監督時代の直感を発揮させる。帆足和幸(元西武、ソフトバンク)、有銘兼久(元近鉄、楽天)らも稙田監督の育成術によって開花した。
「先発は、前日ギリギリまで投手の調子を確認し、相手打者のタイプに合わせて決める。本人に伝えるのは当日の朝がいい。いろいろ考えないで、マウンドに迎えるから」。
エース川原は「先発はいつも当日の朝に言われるので、いつでも行けるように全員が準備をしています。直前まで調子を見てもらえるので、練習から気を抜けませんよ」と笑顔で話す。大阪桐蔭戦で先発した七表は「激しい競争の中で『やってやろう』という気持ちが芽生える。桐蔭戦のときのような真っ直ぐのキレを思い出して、もう一度甲子園で投げたい」と意欲を燃やす。

43人の新入部員を迎え120人大所帯となった創成館野球部。

この春、新入生が43人入部し、部員数は120人になった。その中で、投手は37人もいるそうだ。他のポジションへのコンバートは基本的に勧めず「投手で入って来た子は投手で伸ばす」が指導方針。その根拠は「高校野球で終わりじゃない。大学へ進学したあと各校のエースになってほしい」との願いも込められている。(取材・写真:樫本ゆき)

次回は走塁練習をメインに創成館の練習を紹介します。

◆創成館
1962年(昭37)創立、1962年(昭37)創部。長崎市にて九州経営学園高校として創立。73年に協立高校に改称。88年に創成館高校に改称し、現在の諫早市に移転する。13年、14年、18年春、15年夏に甲子園出場。奥田修史校長。普通科、デザイン科。校訓は自発徹底。部員数3年=44人(1)、2年=33人(1)、1年=43人(1)。女子マネージャー=3人。森岡信浩部長(58)、稙田龍生監督(54)。所在地=諫早市貝津町621。
 
◆稙田龍生(わさだ・たつお)
1964年(昭39)2月29日生まれ。大分県生まれ。別府大付属高(現明豊高)で甲子園出場。九州三菱自動車に進み、内野手として活躍。99年から監督として03、05年に日本選手権出場。08年9月創成館監督に就任。10年で4度の甲子園出場。

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