カラダづくり

【沖学園】歴史を変えた甲子園出場仕掛け人は1年生監督

2018.11.9

春夏通じて初の甲子園出場をつかんだ沖学園。これまで3度の決勝戦敗退に泣いた創部62年目の中堅校が、補食による増量でスタミナがつき、南福岡大会の「最激戦区」ブロックを勝ち上がった。仕掛け人は就任1年目の鬼塚佳幸監督。神村学園時代のスキルを「沖学流」にアレンジし、見事に成功を収めた。


利便性抜群、都会の学校、それゆえの悩みと打開策


野球部・監督鬼塚佳幸 (おにつか よしゆき)
1981年生まれ。鹿児島県出身。宮之城(現・薩摩中央)から福岡大へ進学。ホテル勤務を経て2008年神村学園の副部長。2016年沖学園部長、17年秋より監督就任。
重い扉がようやく開いた―。
創部61年目。これまで、決勝戦で3度の敗退を経験し(1991、2007、2008年)、甲子園出場を果たせていなかった沖学園が、この夏、春夏通じて初めて聖地の土を踏んだ。100回記念大会の特別枠により、南北に分かれた今年の福岡大会で、南福岡大会(参加70チーム)の頂点に立った沖学園。西日本短大附、東福岡、福岡大大濠などの甲子園経験校がひしめく「最激戦区」のブロックから、ノーシードで勝ち上がった。

沖学園は、1958年「博多商業」として創立。男女共学の私立高校で、1987年に現在の名称に改称された。92年には中高一貫コースの「隆徳館中学・高校」が併設され、校訓には、「ありがたい」という感謝の心、「はい」という素直な心、「させていただく」という奉仕の心、「すまなかった」という懺悔の心、の「四心」の教えがある。

OBには東海大から巨人に入団した久保裕也(現・楽天)や、中継ぎとして1999年ダイエーホークス初優勝に貢献した篠原貴行(現・DeNA投手コーチ)を含むプロ野球選手4人がいる。全国大会常連のゴルフ部も有名だ。
インパクトの瞬間の強さをつけるためタイヤを叩く選手たち。狭いグラウンドを有効活用して練習が行われる。

魅力的なのはその立地だ。福岡市博多区にある校舎は、JR博多駅から1駅の「竹下駅」から徒歩約8分の場所にあり、野球部のグラウンドも敷地内にある。ほぼ全員が自宅からの通学生で、電車・バスの本数も多く利便性は抜群。ただ、グラウンドの形が長方形をしており、ライト側がホームから50メートルほどしかないところが「都会の学校」の悩みと言ったところ。センターとレフトでしか外野ノックができず、練習試合も行えないため、試合を行うときは鬼塚佳幸監督(36)が運転するバスに乗って遠征に行くしかない。このように決して恵まれているとは言えない環境で優勝できた要因は、鬼塚監督が起こした1年間の積極的な意識改革にあった。

6月から始めた15時の卵かけご飯の補食。この日は48人分、9キロのごはんを鬼塚監督が「大きくなれ〜」という念を込めて一人一人によそっていた。

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