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「障がい者用グラブ」を開発したのは高校生!和気閑谷高校野球部のユニークな取り組み

2021.10.31

世界にひとつだけのグラブが誕生

グラブ作りのプロジェクトを始動するにあたり、最初の課題が実際にグラブを作ってくれる職人探しだった。そこで白羽の矢が立ったのが、野球用品店タカギスポーツで働くグラブ職人の森川徹也さん。岡山発祥のグラブメーカー「Romane Crowe(ロマネクロウ)」の職人でもある。早速、森川さんにプロジェクトの話をすると、二つ返事で引き受けてくれた。

秋の大会も終わりシーズンオフに入った冬。いよいよ誰も見たことのない、“障がい者野球選手専用のグラブ”を高校球児が作るプロジェクトが動き出した。


早嶋さんと森川さんとアイデアを出した生徒での企画会議。



まず取り組んだのが、早嶋さんに合ったグラブのアイデアを出しだ。

「世の中に無いものを生み出すのですから、高校生の柔軟な発想が生きてくると思いました。グラブの作り方が分からないからこそ生まれる、自由な発想にこそアイデアが詰まっています。選手一人ひとりが自分の意見を持つことも大切と考え、全員に考えてもらいました」。

森川さんからも「どんなグラブが良いのか、高校生の意見が欲しい。できるできないではなくて、自由なアイデアをたくさんください」と頼まれた。

後日、2人のアイデアが採用された。
1つ目のアイデアが、背面に“ポケット”をつけること。投げる時は、少し曲げることができる左手首に引っ掛けることでグラブの安定感を生み出す。また、右手で捕球後、左手にポケットを入れてはめ替えることで、素早い送球に繋がる。

もう1つのアイデアがグラブのはめ替えがスムースになるように、指股の仕切りをなくし、手口を広くすること。

このアイデアを元に森川さん、早嶋選手、アイデアを出した生徒2名の4人で、どのようなグラブにするか具体的に話し合った。


数日後、試作品のグラブが完成。この時点で完成形に近いグラブはできていた。ただ、背面につけるポケットの位置は、数ミリ単位で修正を繰り返した。どの位置に付ければ落ちないか、投球後に素早く手首にはめられるか試行錯誤したという。そして3カ月の期間を経てついに、早嶋さん専用のグラブが完成したのだった。


左がポケットがついた早嶋さんの特注グラブ。今まで使っていたグラブは、左手首を入れていたウェブの部分が広がっている(右)。

桃太郎の選手と交流する中で選手の意識が変化

特製のグラブを手にのびのびとプレーする早嶋選手の姿を目にし、和気閑谷高校はグラブ作りの継続を決定。早嶋選手のグラブ製作は森川さんが在職するタギスポーツが無償協力してくれたが、継続となるとそうはいかない。
そこで必要な費用は、同校の教員や生徒が参加する支援組織「KIS」(キジ、イヌ、サルの頭文字)が、2020年12月〜21年2月5日まで行ったクラウドファンディングで約55万の資金が集めた。

資金の一部を使用し、すでに岡山桃太郎でプレーする箕輪遥介選手(おかやま山陽高校1年生)のグラブを製作。現在は、受注した4名分のグラブ作りをスタートさせている。

グラブ作りを通して、生徒に意識の変化があった。
「野球道具を以前より大事にするようになりました。また、野球に取り組む姿勢も変わりましたね。桃太郎の選手は片腕がないから仕方ないではなく、どうすればできるかと考える姿勢を生徒に見せつけてくれました」。


和気閑谷の選手たち。グラブ作りを通して、野球に対する意識にも変化が出てきた。

柴谷監督は続ける。

「教育という観点からも有効です。グラブ作りは授業と違い、正解も不正解もありません。このような課題に取り組み、新たなアイデアを生み出すことは、高校生にとって非常に重要な機会でもあります。自分たちの出した意見が採用され、目の前の人が喜んでくれることは、学生時代の貴重な体験になるでしょう。僕自身も監督として、例えば脚が遅い選手に対して、“仕方ない”で済ませずに、速く走る方法や速くスタートする方法がないかを以前より考えるようになりました」。

できないことに目を向けるのではなく、できるようにするためにはと思考する。
ひょんなことからスタートした障がい者用のグラブ製作プロジェクトは生徒たちにいい化学反応を起こしている。

最後に柴谷監督は「甲子園やプロにつながる野球だけがすべてではないこと、同じ野球を愛する仲間であることを感じていただきたい。障がい者野球を知っていただいたうえで、各地でグラブ作りの交流が広がっていくと嬉しいです。本校の生徒とともにアイディアを出したり、身の回りに用具を求める人がいれば、本校までご連絡ください。今後の野球界のために、仲間の輪が大きく広がることを願っています」と熱い想いを語った。

現在の活動を拡げるためにも、今後の野球部の活躍に期待したい。


グラブ製作を通して育まれた生徒たちのいい変化に目を細める柴谷監督。「障がい者野球は幅広い年齢層でプレーでき、9人全員に打順が回り公平にプレーチャンスがある。本校の活動を通して障がい者野球についても知ってもらいたい」。


(取材・文/永野裕香)
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