周りから尊敬される人間になる
「一番しんどいことを、一番上の人間がする」組織を整備していく中で、もっとも重要視したのはこの部分である。片付けや準備など、しんどいことを下級生にやらせるのではなく、上級生が率先して行う。下級生にグラウンド整備を任せておいて、ノックのときにイレギュラーで自分がケガをしたとしたら、誰に責任を負わせるのか。「お前ら、整備をちゃんとやっておけよ!」と怒ったところで、誰が得をするのだろうか。その怒りは収まるのだろうか。ケガをして試合に出られなくなるのは、自分自身である。自分が守る場所は、自分で整備をしたほうがいいだろう。
3年生には、「周りから尊敬される人間になりなさい」とよく声をかけた。チームのために必死で頑張っていれば、下級生は、「3年生のために頑張りたい」「先輩のために何とかしたい」「先輩のような選手になりたい」と思うものだろう。偉そうに指示を出しているだけでは、そこに尊敬の念は生まれない。
3年生でも1年生でも、メンバーでもメンバー外でも、高松商の野球部という組織の一員であることに変わりはない。公式戦でプレーするメンバーはどうしても限られてしまうが、練習や試合での一体感がなければ、負けたら終わりのトーナメントを勝ち抜くことはできない。
野球は、ひとりでは絶対にできないスポーツだ。守備は味方にボールを投げることでアウトが成立し、攻撃では仲間が塁を進めていくことで、ホームを踏むことができる。犠牲バントはその象徴とも言えるものだ。守備におけるバックアップやカバーリングも、仲間を助ける気持ちが根底にある。理不尽な上下関係があるチームに、「仲間のために」「先輩のために」という気持ちが芽生えてくるとは到底思えないのだ。
これもまた、野村克也さんの話であるが、『無形の力』という言葉をよく使われていた。形にはない、“見えない力”はたしかに存在する。特に高校野球は、セオリーや能力とはまた違った、つながりや信頼関係が、大人の想像を超えたパフォーマンスを生み出すことがある。相手の能力が高くても、勝敗がそのとおりにいかないのは、『無形の力』が働いているからだと信じている。
『無形の力』を生み出すには、まずは3年生が手本となり、周りから尊敬される存在になること。最上級生が理不尽な指導ばかり続けていたら、そうはならないだろう。
今の3年生には、毎日提出している野球ノートに、「あいつ(1年生)のことを育ててやってくれ」と書くことが多い。また、1年生に対しては、「あの先輩(3年生)の取り組みを見習ってほしい」と記す。先輩の取り組みが良ければ、後輩もしっかりと育っていくのは間違いない。
目次
第1章 指導者としての原点「失敗」と書いて、「成長」と読む/トップダウンの罰に意味はない/Education=引き出す/プロに進んだ剛腕左腕を攻略 ほか
第2章 良き伝統を作り上げる
厳しい上下関係を撤廃する/全部員が平等に練習できる環境を作る/多くの選手を試合で起用する/負けたのは選手の責任 ほか
第3章 やんちゃ軍団が果たしたセンバツ準優勝
明治神宮大会で起きた奇跡/試合の空気を変える男になれ/逆転勝ちの多さこそ主体性の表れ/今も残る決勝戦での後悔 ほか
第4章 4元号での甲子園勝利
センバツ準優勝後に苦しんだ2年間/夏に勝つための考え方/選手の考えを尊重した継投/最強打者を二番に置く打順 ほか
第5章 心技体を磨き上げる
考えもしなかったイチローさんからの直接指導/ピッチングの基本は「釣り竿」にあり/「もうダメだ」ではなく「まだダメだ」 ほか
終章 私の原点〜学びの大切さ
ひそかな夢は甲子園で早稲田実と戦うこと/『勝利の女神は謙虚と笑いを好む』/「優」しい人間が「勝」つ
書籍情報
「導く力 自走する集団作り」(著・ 長尾健司 高松商業野球部監督)竹書房
定価1800円+税
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