学校トップの意欲×現場の熱。私学野球部が駆け上がるときの定石をまさに踏んでいる
喜多の赴任後、大阪桐蔭と初めて対したのは4年前の夏。根尾昂、藤原恭太らの逸材が揃い、春夏連覇へ向かっていた相手に中盤でリードを奪い、あわやの展開に持ち込んだが、最後は突き放され9対15。そして、2度目の対戦が昨秋の準々決勝だった。意気込んでの一戦だったが、1つの守りのミスから試合が壊れ、ミスがミスを呼んでの自滅。何もできないまま5回コールドで敗れた(1対15)。喜多が監督となり初めて入学から見たのがこの夏の3年生たち。「野球が大好きな本当にいい子が揃った」という半面、「優しすぎて力を出せないところがある」と見ていた不安点が露呈したのがこの試合だった。しかし、これ以上ない屈辱的な敗戦がチームを変えた。5回途中14失点でマウンドを降りた田坂祐士は夏前にこう語っていた。
「あの頃の僕はエラーが出たり、審判のジャッジに納得がいかないと態度に出したりしていました。人のせいにしていたんです。本当はメンタルもまだまだ弱くて、相手の勢いに飲まれたりしたら自分のピッチングが全くできなかったりしてたんですけど。でも、あの負けでこのままじゃダメだとなって、練習に対する意識から何からすべて変わりました」。
もう二度とあんな思いはしたくないーー。1人1人が、チームが、本気になった時、見据えた相手はやはり王者大阪桐蔭だった。
迎えた夏。5回戦で昨秋の準優勝校東海大仰星を田坂が1対0で完封。準々決勝は田坂と共に投手陣を支えてきた大江遼也が快進撃を続けてきた公立の八尾を完封。準決勝は延長14回タイブレークの末、春に続き履正社を連破。際どく、厳しい戦いを勝ち上がり、「やっと戦えます」と前日勝利のあと、選手たちが口を揃え、臨んだ大阪桐蔭との決勝だった。
結果は喜多が「興国の野球は出来ました」と振り返ったように、チームはいつも通りに戦い、力を出し切ったが、わずかに及ばず、興国の夏は終わった。
取材を終えしばらくして球場の外へ出ると、選手、父兄らへ向けて語る張りのある声が響いてきた。
「ホントによく頑張りました。これからがまた大変ですけど、またここから、次の時代を作っていきましょう!」。
学校トップの意欲と現場の熱がかみ合った時、チームは加速的に強くなる。大阪桐蔭も智弁和歌山もかつてのPL学園もそうだった。これは特に私立の野球部が駆け上がっていく時のセオリーでその定石に今、興国野球部の流れが、見事に重なって見える。選手に本気の涙を流させ、指揮官に高校生の無限の可能性を気づかせ、学園トップの野球熱をさらに刺激したこの夏の敗戦を思い出す時がそう遠くない時にやってくるのだろう。あの負けがあったから……。長らく続いてきた大阪2強時代から新たな局面へ。そんなことまで浮かばせた興国、大阪夏の準優勝だった。
(取材・文・写真/谷上史朗)
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