企画

連載野球小説 『天才の証明』 #17

2016.7.22


〜第17回〜

 北海道ガンナーズの球団副社長である立花洋一は、染みひとつない白いハンカチで汗を拭いながら、報道陣からの十字砲火のような質問に答えていた。

「火野選手が二軍落ちする以前に、この文章が球団宛てに届いていた。そういうことでしょうか?」

 A4用紙にプリントアウトされた文章を片目に見ながら、白髪交じりの壮年の記者が立花に問うた。無数のフラッシュを浴びせられた立花が顔をしかめながら答えた。

「火野選手が二軍落ちする数日前に球団宛てにメールが届きました。文章の内容は、皆さまのお手元にお配りした通りです」

 ガンナーズの球団事務所に詰め掛けた二十名近くの報道陣が用紙を手にざわついていた。


 火野周平は遺伝子操作によって、人体改造を生まれながらに施された〈作られた子供(デザインベビー)〉であるとの確たる証拠を得た。これは新時代のドーピングにも等しい恥ずべき行為である。己の肉体のみを唯一の資本とする競技そのものの在り方を根底から覆すものであり、フェアプレイ精神に背く禁忌の存在に等しい。遺伝子を操作してまで競技成績を向上させようなどという悪しき前例を黙認すれば、野球界の健全なる発展を害することは明白である。よって我々は火野周平の球界からの永久追放を強く求めるものである。火野周平の身の潔白が証明されない限り、マスコミ各社にこの情報を暴露することとする。ガンナーズ球団の誠意ある対応を期待する。

「こちらの文章について、球団はどのようにお考えでしょうか。火野選手にドーピングがあったということでしょうか」

 記者からの質問に立花が答えた。

「日本プロ野球機構が定めるドーピングの検査法は尿検査です。遺伝子診断等その他の検査は特に実施されておりません」

 無精ひげを生やした四十代ぐらいの男性記者が口を開いた。

「つまり、遺伝子診断は通常の検査ではないので、受ける必要性はないと?」

「そう考えます。火野選手だけが例外的に受けるべき確たる事由はありません」

 立花が断言した。

「ドーピング検査は全選手に実施されているのでしょうか」

 立花は手元の用紙に目を落としながら答えた。

「ドーピングの検査対象となる選手は、ドーピング検査対象試合の五回終了時にベンチ入りしている選手の中からクジ引きによって選ばれます。全選手が検査対象となる訳ではありません」

 立花の回答に取材陣から「クジ引きなのかよ」「牧歌的だな」などという声が漏れた。

「念のため申し添えておきますが、選ばれた選手は単にクジで選ばれただけであり、『ドーピングをしているのではないか』と疑われたために選ばれた訳ではありません」

 立花は口が渇いたのか、机の上に置かれたペットボトルの水に口をつけた。

「火野選手が〈作られた子供〉であるという可能性はどの程度だとお考えですか」

「分かりません。専門家に調査を依頼しております」

 眼鏡が曇ったのか、立花はいちど眼鏡を外し、レンズをハンカチで拭いた。

「仮に〈作られた子供〉であった場合、どのような処罰になるとお考えでしょうか」

「前例がありませんので、分かりかねます」

「そもそも〈作られた子供〉というのは存在するのでしょうか」

「分かりません」

 報道陣が構えたカメラから無数のフラッシュが焚かれた。

「選手の名誉のために申し上げますが、火野選手の規格外の身体能力は遺伝子段階で操作されたものであるとの報道はまったくの事実無根であり、根拠なき中傷であると考えます」

「中傷であるとする根拠は?」

 報道陣から即座に声が上がった。

「現在、調査中です」

 立花がハンカチを額に当てながら回答した。

「今回の脅迫文と、火野選手の突如の乱調との関連についてはいかがお考えでしょうか」

「そちらも現在調査中です」

 立花が苦々しげに答えた。

「その他ご質問等なければ、会見を終わりにさせて頂きたいと思います」

 立花が室内をぐるりと見渡し、挙手する人間のいないことを確認してから席を立った。報道陣のざわつきから逃げるようにして、立花は会見場を後にした。

(著者:神原月人)


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