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【川和】東海大相模との激闘と「最後のミーティング」

2021.7.26

届かなくてもいい、たどり着こうと死に物狂いで自分を高めることに意義がある

伊豆原先生は話し終わると、それまで話を聞いていたマネージャーを含む引退する11人の3年生に、後輩たちに言いたいこと、伝えておきたいことを順番に話すように促した。



「夏の大会は多くの2年生がベンチに入っていたので、そういう経験を他の2年生、1年生にしっかり伝えて、まずは秋の大会を全員野球で迎えられるように、この夏休みの1日1日を大切に頑張って欲しい」。


「秋が終わって冬がきたらトレーニングが結構キツいと思うけど、そこでサボったら冬が明けて練習試合が始まったときに痛い目をみるから、サボらずに仲間同士でしっかりモチベーションを保って頑張って」。

「自分が入部したときは全然ダメで下手くそだったけど、それでも最後の夏の大会でプレーできるようになれたから、全員可能性はあると思ってしっかり頑張って欲しい」

「自分が言うのもなんだけど体重は大事だと思うので、食事もトレーニングだと思ってしっかり頑張って」。

「冬が明けてからは筋力がなかなか上がらないから冬の間にやれるだけのトレーニングをして、技術は冬が明けてからでもいい。冬の期間をもっと大事に」。

「コロナとかでこれから先いつ練習ができなくなるか分からない。だからいつ練習ができなくなっても悔いが残らないように、日々の練習の一つひとつを真剣にやっていくことが大事」。

「自分は公式戦に出ることができなかった。練習試合の1試合1試合が大切だったんだなって今になって思う。だから本番を意識して練習試合一つ一つを大事にして欲しい」。


たどたどしくありながらも、どの言葉も川和高校野球部のDNAとして、これから後輩達に受け継がれ、遺っていくもののように聞こえた。



前日の好投でちょっとした「時の人」になったエースの吉田くんは少し照れ気味にこんな言葉を後輩達に遺した。

 「『球歴ドットコム』アクセスランキング5位になった吉田です(笑)。昨日帰ってからtwitterとか見ていたんですけど、公立高校が相模と互角に戦えたのは凄いっていうコメントがほとんどだったんですけど、自分はそれが結構悔しくて。川和に入ったときから相模とか横浜とか神奈川の強豪私学を倒すためにやってきたし、伊豆原先生が県外の色んな強豪私学と練習試合を組んでくれて、そういう相手と戦って経験を積んできたのに最後残り2アウトのところで打たれたのが凄く悔しかった。残り2アウトのところはやっぱり練習試合と練習でしか埋められないと思う。2年生、1年生は昨日みたいないい試合というか反面教師の試合を自分の目に焼き付けたと思うので、次の秋の大会からああいう試合で勝ちきれるチームになって欲しいなって思っています。野球のことで分からないことや聞きたいことがあったら、参考になるかわからないですけどいつでも聞きに来てください。待ってます。頑張ってください」。

3年生で唯一ベンチに入れなかった徳納くんはこんな言葉を遺した。

「3年間一生懸命頑張ったんですが、その結果ベンチに入れない、入れる実力になれなかった。2年生も1年生も自分みたいに、頑張ってもベンチに入れないかもって思う人もいると思うんですけど……それで悔しいとか諦めたりせず、最後まで頑張ってみて欲しい。ベンチに入れるか入れないかではなくて……得られるものも大きいと思うし、ベンチのメンバーを鼓舞することができると思うし、それでチーム全体で上手くなっていくんだという気持ちで一日一日を一生懸命やって欲しい。伊豆原先生の言うことを聞いて、野球を勉強して、練習して身に付けて、そうやって自分を表現できる期限は2年生の冬まで。それ以降は(序列を)ひっくり返すのはなかなか難しいと思う。だからそれまで本気で頑張って自分の力を磨いていって欲しい。頑張ってください」。


さまざまな制約がある中で30 分だけ行われたミーティング。最後は伊豆原先生から3年生たちにこんなエールが送られた。
 
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後悔はあるか? ない? あのときこうだったら、もしこうだったら。こうすれば勝てたんじゃないか? 絶対残っていると思う。残らないのは多分、夏の甲子園を制した1校だけだと思う。ということは全国のほぼ全員が後悔しているんだ。たられば、っていうのはどうしてもある、絶対に。だけど、後悔があるからいいんだよ、悔しいと思うからいいんだよ。それがモチベーションになる、だからいいんだよ。



 悔しいからこそ、人生でこの悔しさを晴らす。
何でもかんでも上手くいく人生なんかない、絶対に。俺みたいに紆余曲折して仕事をしている奴もいる。何でも自分の思った通りにとか、何でも順調になんてことはあっちゃいけないんだよ。大人になればなるほど折れやすくなって、折れちゃったら戻れないから。だから死に物狂いでやって上の世界を見ろ。上には上がいるから。勉強もそう。自分の行けるところ、じゃないんだよ。全員東大を目指せばいいんだよ、はっきり言えば。最高峰を目指すのが基本だ。でも届かないんだよ、俺等に実力がないから。だから(目標は)県でベスト8って言っちゃうわけだ。全国制覇じゃないんだよ、現実を見ちゃっているんだよ。

 でも、目指すことはできるはずだ。目指して何が悪い! 周りに笑われて何が悪い! 目指していいと思うよ、勉強だって目指そうよ! 人としても目指そうよ、人間性だって同じだよ。一番を目指すって凄く大事なこと。だけど届かなくてもいい、届くことが全てではないから。たどり着こうとして自分自身を高めることそのものに意義がある。

 君たちにはチャンスがあり、そしてそれだけの力があるんだよ。目指そうよ! 勉強でも1番を目指そう、夢を叶えよう。結果どうなったか? それは問題ではない。自分自身を高めて、そして最後に手に入れられれば最高。手に入れられなかったからといって負け犬ではない。そこにも必ず価値がある。むしろそこに価値がある。大人になってからじゃなくて、高校生であることに意味がある。人生の勝者になれるチャンスがその後に来るから、そこが大事。大学生としても、野球人としても勝者として輝けるように。頑張って。
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 そして、新チームを戦う1、2年生にはこう言った。
「3年生が忘れていったものが保土ケ谷球場にある。秋、それを取りに行く! 1、2年生全員で取りに行くぞ!」 


蝉の鳴き声が激しさを増すなか、新チームの鼓動が聞こえた。


(取材・文・写真/永松欣也)
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