学校・チーム

【中越】野球ノートで選手の“意識統一”を図る

2019.9.12

夏の甲子園に11度出場している中越だが、全国大会での勝利はわずかに2つ。全国の大舞台で勝利するチームづくりのため2019年3月から野球ノートを導入。その裏にある指揮官の思いとチームの変化などに迫った。


甲子園初戦敗退を繰り返し
個々の自立の重要性を再確認

「ここ5年間で、夏の甲子園に3回出場できましたが、結果はいずれも初戦でサヨナラ負け。同じ内容で負けているわけですから、今まで通りでは絶対にダメだと思いました」。


本田仁哉 Jinya Honda
1976年生まれ、新潟県出身。静岡高─順天堂大。大学卒業後の2000年、中越高校野球部のコーチに就任。03年から監督となり、同年にはチームを7年ぶりの夏の甲子園に導いた。
こう話すのは、今年で就任17年目を迎える本田仁哉監督。甲子園出場という喜び以上の大きな悔しさを味わったことで、チームに新たな力を与える策を模索した。そこで出会ったのが、人材教育の第一人者として注目を集める原田隆史さんだ。エンゼルス・大谷翔平選手が活用したことで話題の“オープンウインドウ64”(マンダラートのこと)を開発した人物で、目標達成を現実にする方法を記した“原田メソッド”で多くの成功例を生み出している。山本潤フィジカルトレーナーが原田さんと親交があり、お話しする機会をつくってもらった。

「2018年の夏の甲子園後、もっと選手が自立して物事を考え、状況判断し、行動に移さなければいけないと思っていました。そのことを原田さんに話すと、これまではグラウンド内だけで頑張っていて、まだまだやれることをやっていなかったと気がついたんです」。

原田さんとの会話で出てきたのが野球ノートだった。実は本田監督、就任3年目のときにも野球ノートを実施したことがある。選手一人ひとりにノートを書かせていたが、学校業務に加え、監督業もこなす多忙な日々でノートをチェックする時間がとれず、途中でやめてしまった。その失敗を繰り返さないためにも、やり方を徹底。まずは、選手たちに原田さんの考え方を理解してもらうため、特別講演をしてもらった。


ノートは1人1冊ではなく、チーム全体、学年別、ポジション別など12冊のノートをつくり、該当者が順番に書いて回していくスタイル。一人の選手が4冊を担当できるように分配した。ここまで徹底した裏には、「講演後に原田さんから、いい選手はそろっているけど学年で差がありすぎると言われました。核心をつかれショックでしたが、野球ノートを徹底して選手の意識を変えようと、決意を新たにしました」という出来事も影響している。

甲子園のような大舞台で勝利をつかむには、グラウンドでプレーしている選手はもちろん、ベンチ内外の選手も含めて、部員全員が同じ方向を向いていなければいけない。もし誰かが他を向いていたら、隣の選手がそれを正す。このようなコミュニケーションが絆となり、一体感あるチームがつくり上げられる。そのツールとして活用できるのが野球ノートなのだ。「スタートして、まだ数ヵ月ですが、効果は徐々に表れています」と本田監督。それは、選手たちの練習風景を見ても伝わってきた。


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