『世界を獲るノート アスリートのインテリジェンス』(島沢優子/カンゼン)という本があります。世界を目指すトップアスリート達が日々ノートに何を書き、何を考えているのかが紹介されていますが、あらゆる競技の指導者の指導法を学ぶこともできる内容になっています。今回は広島県立安芸南高校サッカー部畑 喜美夫監督の「主体性を育むボトムアップ」の章の一部を紹介したいと思います。ぜひ参考にしてみてください。
「想定外のプレーをしてくれた瞬間が、一番嬉しいよ。指導者冥利に尽きるね」
指導者冥利に尽きる「想定外」
畑は週の初めにノートを回収。80数名のノートを読み込み、感想を書く。「心がけているのは、ハテナマークをつけること。どう思う? どうしたらいいと思う?
と問いかけて、生徒の思考を広げるのが狙いです。こちらが質問をしていると、子どもたちも質問を書いてきます。先生だったらどうしますか? と。サッカーのスランプの話だったり、彼女にふられたあとのリカバリーについてだったり(笑)」
なるべく的確に短く返すようにしているが、ここぞという場合は1ページ書いてしまうこともあるという。
このように問いかけることで、選手は自分で考え始める。
もうひとつ、選手に主体的に動いてもらうには、指導者が極力指示命令をしないことだ。
「つい最近もそれを痛感した試合があったんですよ」
ある試合、安芸南が2対1でリードしたロスタイムのこと。敵陣に運んだボールが相手に当たってエンドラインから飛びだし、マイボールのコーナーキックになった。
「コーナー!」
ベンチにいた畑は、つい指示してしまった。逃げ切るには、ショートコーナーで味方に渡し、コーナーでボールをキープし続けるのが常とう手段だ。
ところが。選手らはショートコーナーでボールを受けると、ピッチ中央から相手ゴールに攻め込むではないか。
コーナーでキープと読んだ相手選手のほとんどが片方のサイドに集まったため、まるで道ができたようにスペースがあった。
教え子たちは、そこを見逃さなかったのだ。
ど真ん中から、ノーマークで放ったシュートがダメ押しゴールに。3対1で快勝した。
「いいねえ。マニュアルの先にあるものがいいねえ。畑先生の言うことが正しいとは限らないね!」
半ば自虐的なコメントを発する畑を前に、選手たちは「心から嬉しそうだった」と畑は振り返る。
「想定外のプレーをしてくれた瞬間が、一番嬉しい。指導者冥利に尽きますね。それを引き出すのが(指導者の)役目だと思うし、それを味わいたくてやっているようなものですから」
もし、畑がボトムアップではなくトップダウンで指導するコーチであれば、その場面で「コーナー」と言えば生徒は従ったに違いない。であれば、相手の裏をかくクリエイティブなプレーは決して生まれない。
畑がつい「コーナー」と言ったとしても、安芸南の選手は「その通りやらなくては」とは思っていない。仮に言った通りにしなかったため同点になったとしても、畑が選手を叱ることはまずない。それを誰よりも理解しているのは選手たちなのだ。
また、試合までのプロセスにおいても、彼らの主体性は磨かれる。
安芸南では、大会によっては畑がトップダウンで指揮を執る場合と、選手が、メンバーから戦術、スカウティングまですべて準備するものの2通りある。
「結果を見ると、さほど差はないんですよ。監督が準備をした場合と、選手に任せた場合と」
畑がサバサバと話すのは、エビデンスがあるからだ。過去に似た難易度のカップ戦を、畑がやったときは準優勝だったのに、選手に任せたら優勝してしまった。そんな例がいくつもあるというのだ。
2017年度は、2年生でトップのGKだった山口太一が、「選手監督をやってみたい」と志願してきた。スカウティングや戦術の組み立てを、3年の中心選手とつくっていく。
試合時は選手交代も彼が考える。ある選手のノートには「太一君の選手交代が絶妙だった」と書かれていた。
「今は海外のサッカーだって簡単に見られるし、戦術解説だってユーチューブや本などでいくらでも情報がある。結果がそんなに変わらないのであれば、選手たちにチャレンジさせたい」
監督である畑の仕事は、彼らの判断や方向性を精査すること。要は、チームのやろうとしているものとブレていないか、本質をついているかどうかを見守ることなのだ。
畑の話を聞いていると、彼自身が教えている選手たちを100%リスペクトしているし、その可能性を楽しみにしながら指導していることが伺える。生徒たちと、きわめて対等な関係性を築いていることがわかる。