2014年夏の甲子園でベスト8に勝ち進んだ健大高崎。2回戦の利府戦で11個の盗塁を決めるなど4試合で計26盗塁と走りまくり、全国に衝撃を与えた。
日々の練習で、いかにして走塁を鍛えているのか――。
【「機動破壊」が誕生したきっかけスローガンに込めた想い】
「健大高崎=機動破壊」といわれるぐらい、チームのスローガンが全国的に広く知られるようになった。
「機動破壊」が誕生したのは、2010年夏のこと。甲子園でも勝負できる戦力を持っていながらも、県大会準決勝で前橋工に0対1で敗戦。このときはノーアウトからのランナーを確実にバントで送り、タイムリーを期待するオーソドックスな野球だった。
「0点という事実は重い。今までの野球を変えなければいけないと決断した試合でした」
青柳監督にとって、指導者人生を変える一敗となった。新たに掲げた野球は「ノーヒットで1点を取る」「打てなくても勝てることを教える」というスタイルだった。ここに、相手チームの分析などを担当する葛原美峰コーチの助言もあり「機動破壊」というセンセーショナルな言葉が加わることになった。
「うちのように伝統がないチームは、何かしらの特徴が必要。それも、パッと一言で表せる言葉がほしい。『機動破壊』という言葉は、うちの野球をアピールするには十分なものでした」
「機動力野球」と表現するよりも、「破壊」という言葉が加わるだけで、インパクトがより強くなる。
「健大高崎=機動破壊となったおかげで、うちに対して、『何をしてくるかわからない』という警戒心が増えるようになりました。執拗にけん制を入れることで、バッターへの集中力が途切れたり、外のストレート中心の配球になったり、たとえ盗塁ができなかったとしても、攻撃面でのプラスはたくさんあります」
「走ってくるのかな?」とバッテリーに思わせるだけで、その攻め方は変わってくるということだ。バッターとランナーの共同作業で相手バッテリーを追いつめていく。
【失敗を恐れずに攻め続ける「走る係」と「プレッシャー係」を作る】
「盗塁の失敗に関してはあまり厳しく叱らない。叱ると萎縮してしまい、スタートが切れなくなってしまいます」と青柳監督。
盗塁で何より大事なのは「勇気」という。「けん制がくるかな」「アウトになったらどうしよう」と考えてしまうと、迷いが生まれ、いいスタートを切ることができない。どこかで割り切りと決断が必要となる。
「練習のときから成功体験を数多く経験させるようにしています。失敗したとしても、こちらは叱らずに我慢をする。失敗を恐れるようになると、いい結果は生まれなくなります」
もちろん、足が速い選手がいれば、遅い選手もいる。全員が走塁を得意にしているわけではない。それでも、走塁に対する意識を植え付けることが、チーム力の向上につながっていくという。
「足が遅い選手でも、帰塁だけを考えたリードでプレッシャーをかけることはできます。だから、うちでは『走る係』と『プレッシャーをかける係』で分けている。足が遅くてもバッティングで期待している選手は、プレッシャーをかけることが仕事になります」
6ページで詳しく紹介しているが、一塁ランナーのリード幅は「三塁ベンチにいる相手の監督にプレッシャーを与えられる距離」がチームの約束事。相手チームの監督が、「リードが大きいな……」と気になるぐらいでなければ、リードの意味がない。
【1年春から走塁の基本を学ぶ専門性に長けた豊富な指導陣】
健大高崎では、入部してすぐに走塁練習に取り組む。スタートの姿勢、一歩目の切り方など、基本となる部分を学ぶ。その理由は4月中旬から「1年生大会」が始まるからだ。
「1年生は4月、5月のうちに野球を覚えていく。この時期に走塁を学んで、走塁に対する意識を植え付けていくのです」
チームとしての約束事も、少しずつ覚えていく。たとえばランナー二塁からの外野へのヒット。打者走者が二塁を狙っていい条件は、「外野が一本で投げるとき」。よくあるのが、レフト→ショート→キャッチャーのカットプレーのなかで、ショート→キャッチャーの送球間に二塁を狙い、アウトになること。内野を経由する時点で、「打者走者は一塁でストップ」となる。
健大高崎は、監督のほかにコーチやトレーナーら10人近いスタッフが指導にあたっており、組織的なチーム作りを行っている。走塁は葛原毅コーチが担当している。三重・四日市工から国士舘大に進み、高校時代は神宮大会優勝を経験した。青柳監督も走塁指導を全面的に任せ、口出しすることはない。青柳監督の仕事はチーム全体のマネージメントだ。
【「機動破壊」健大高崎の走塁“基礎”メニュー】
1.体幹を意識したスタートの一歩目
走塁は一歩目のスタートが最も大事。「低い姿勢で走れ」とよく指導されるが、「下を向くだけで、体幹が落ちてしまう姿勢はダメ」と葛原コーチ。写真のようにパートナーに体を預け、体幹に力を感じた体勢からスタートを切ることで、一歩目の踏み込みが強くなり、トップスピードに早く乗れるのだ。
2.三塁ベンチに重圧をかけるリード
盗塁を決めるためにはなるべく次のベースとの距離を縮めたい。健大高崎のリードは一塁から右足まで4m30cmが基準。ここから、選手個人に合わせて微調整を入れていく。「リードの大きさは、三塁側ベンチからよく見るようにしています。相手の監督がどう感じるのかを意識しながら、選手にアドバイスを送っています。『けん制を入れろ!』と相手投手にプレッシャーをかけられなければ意味がありませんから」。
3.スライディングは1m手前尻ではなくヒザで滑る
チームで基準としているスライディングはよりベースに近いところで行う、ということ。ベースの1m手前くらいから滑り始めることを、一つの目安に設定している。「滑る準備をしようとして、滑る前から減速することは避けたい。練習を見るときは、二塁ベースから5mほど手前(一塁ベース寄り)に立って、通過する際もしっかり腕が振れているかを確認するようにしています」
「良いスライディングはお尻に土がつかない」
スライディング後のパンツを見ると、どこで滑っているかがよく分かる。上の写真を見ると、右の選手の方がお尻に多くの土がついている。こうした選手は滑る際に地面の摩擦が生じて、減速しているということ。左の選手のようにお尻ではなく、膝下で滑る意識を持ちたい。
4.ベースランニングはベースの内側を踏み加速
「大事なことはベースの側面を蹴って加速すること。踏むのではなく、蹴るイメージを持たせています」。できる限り直線でベースに入り、ベースを道具として利用して方向転換するイメージだ。明確な駆け抜けタイムも設けており、ランナー二塁から外野へのヒットで、6秒7以内でホームへ戻ってくることがチームの決まり事。普段の練習からトップスピードでベースを駆け抜ける意識を徹底させている。
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■野球部・監督:青柳博文
1972年生まれ、群馬県前橋市出身。前橋商〜東北福祉大。会社員を経て、2002年から共学になったばかりの健大高崎に赴任し、イチからチームを築き上げる。
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◇SCHOOL DATA(2015年1月時点)
高崎健康福祉大学高崎高校(群馬県)
●創部/2001年 ●創立/1968年 ●監督/青柳博文
●部長/吉沢賢二 ●副部長/梶塚弘
●コーチ/生方啓介、葛原毅、葛原美峰、沼田雄輝
●トレーナー/塚原謙太郎 ●マネージャー/岡部雄一
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(Timely! 2015年1月号掲載)
取材・文=大利 実 写真=武山智史