企画

連載野球小説 『天才の証明』 #16

2016.7.20


〜第16回〜

「おい、約束が違うじゃないか!」

 立花洋一球団副社長はコードレスの受話器に向かって悪態をついた。立花のデスクの上には北海道スポーツ新聞社の発行する日刊紙、通称・道スポが広げられている。道スポの一面には、「火野周平は〈作られた子供(デザインベビー)〉か? その可能性を検証する」という扇情的な見出しが躍っていた。

 北海道ガンナーズスタジアムの敷地内に隣接する鉄筋二階建ての球団事務所の球団副社長室が立花の根城である。総工費四億円を投じた球団事務所の社長室および副社長室はそれぞれが防音仕様となっており、扉の施錠さえしておけば室内の音が外部に漏れることはない。そのため、副社長室内での会話は球団職員ですら与り知らない機密事項と化している節がある。

「先に約束を破ったのはお宅ですよ、副社長」

 受話器の向こう側から冷やかな笑い声が漏れた。

「約束?」

「ええ、約束ですよ。まさかお忘れですか」

「……金のことか」

「球団は金を払わなかった。その代償を支払って頂いたまでですよ」

 立花は受話器を片手に持ち、窓から外を眺めた。二十名近いマスコミが球団事務所の玄関先に参集している様が見える。きっと〈作られた子供〉と名指しされた火野に関する取材だろう。

「火野周平を貶めることが、あんたの言う代償なのか?」

「ええ、可哀そうにね。未来ある若者の可能性の芽を摘むのは少々気が咎めましたが、それもまあ仕方ないでしょう。球団上層部がはした金をケチったんですから」

 立花は落ち着かないのか、室内をウロウロと動き回った。

「この情報はガセではないのか?」

「ノーコメント」

 男が不敵に笑う声が室内に響いた。

「あんたの目的は何なんだ?」

「スポーツの世界を賭博場に変えることですかね。そのための地ならしの最中ですよ」

 立花は言葉に詰まり、すぐ様に返事が出来なかった。

「いずれマスコミにも事実が知れ渡ることになるでしょう。不都合な真実が、ね」

 男の最後の言葉とともに通話が途絶えた。立花は受話器を机の上に放り出すと、膝掛け椅子に深く腰掛け、両手で頭を抱え込んだ。

「不都合な真実、か」

 立花は男の最後の言葉を繰り返した。

「よからぬ噂を垂れ流されるぐらいなら、被害者の立場を先取しておいた方が賢明か?」

 蛍光灯に照らされた立花の眼鏡が光を反射して、一瞬だけ怪しげに輝いた。

(著者:神原月人)


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