企画

連載野球小説 『天才の証明』 #42

2017.1.17

〜第42回〜

 羽田から新千歳空港まで約一時間半のフライトを終え、空港からドームまで直通のシャトルバスに乗って約四十分。山口と霧島綾はガンナーズドームの北ゲートに到着した。

内田真紀と三島シンジ、葛原正人とは現地集合という約束だ。

山口は左手につけた腕時計を見ると、試合開始時刻である十八時三十分を少し過ぎていた。口惜しくも試合開始前のセレモニーにも先発選手の発表にも間に合わなかったようだ。

 北ゲートでチケットを提示しドーム内のコンコースに足を踏み入れると、チームユニフォームを着てメガホンを手にしたガンナーズファンで埋め尽くされていた。すでに試合が始まっている時間である。山口はバックネット裏の指定席へと早足で向かおうとしたが、霧島綾が山口のシャツの袖を引っ張り引き止めた。

「ねえ、ヤマちん。ユニフォームとメガホン買わないの?」

 それがガンナーズファンの礼儀でしょ、とでも言いたげな顔だった。

「そんなの後だ、後」

 山口は慌ただしくそう告げると、引き止めようとする霧島綾を振り切るようにして五十一番の通路へと向かった。コンコースの途中に出店がずらりと並び、綾がその都度「あっ、チュリトス食べたい」だの「クレープもいいね」などと学園祭に遊びに来た中学生そのままの感想を漏らしていたが、山口はすべてを黙殺して席へと急いだ。

 内田は打ち合わせの予定が詰まっているとのことで、霧島綾を現地まで連れて行く役割を暗に拒否。気まぐれ女優のお守りを押し付けられた格好である。道中、よく食い、ひたすら喋り、目を離すとすぐにどこかへ消える。まさしく、中学生の修学旅行の引率の気分であった。

五十一のプレートが掲げられた通路を抜けると、とたんに視界が開けた。

山口はバックネット裏からスタンドを一望すると、ビジター応援席であるライト側の外野席にオレンジ色のユニフォームを着たセインツファンが固まっており、それ以外の席はガンナーズのチームカラーである白一色に埋め尽くされているのが見えた。外野席と通路の間で立ち見をしているファンも多いようだった。

マウンド上には背番号18番が立っている。

スコアボードを見ると一回表のセインツの攻撃はツーアウトとなっていた。

「遅いでー、ぐっさん」

 席には既に葛原正人と三島シンジ、内田真紀の姿があった。

 葛原正人は、火野周平の顔写真の周りに青白い炎が象られた怪しげなTシャツを着ていた。自作であろうか、胸の位置に露骨にもファイアスターター社の社名が入っている。

「おい、投手に炎上Tシャツってどうなんだ?」

 ガンナーズファンから袋だたきにされるぞ、それ。

「格好ええやろ? ネットショップで絶賛発売中やで」

 いや、それよりよく球団がそのデザインを許可したな。突っ込みどころ満載であるが、これ以上詮索するのはよそう。俺は試合に集中したい。

「山口君、お疲れ様」

 内田真紀が労いの言葉をかけてきた。口元にわずかながら笑みを湛えている。

 霧島綾が口にクレープを咥え、手にタコ焼きとチュリトス、小脇にコーラのペットボトルとメガホンを抱え、よたよたと歩いてきた。

「真紀ちんも食べるー?」

 霧島綾はどこに隠し持っていたのか、焼きそばのパックを内田真紀に差し出した。

「あー、要らないわ。あんた食べなさいよ」

 内田真紀は、うるさい蠅を追い払うような仕草をした。 

どう、そいつ超めんどくさいでしょう? 私はいつもそいつの相手してんのよ。私の大変さ、ちょっとは分かってくれた? 言外に、そんな意図を感じた。

ああ、心の底から理解したよ。俺に女優殿のマネージャー業務は務まらない。

山口と霧島綾の席はバックネット裏最前列のVIP席に程近い場所にあり、足も伸ばせるゆったりとしたシートであった。山口が荷物を下ろしシートの下に押し込もうとすると、グラウンド方向から一際大きな歓声が聞こえた。山口がとっさに振り返る。

快音を響かせて、強い打球が右中間を襲った。

打球を放ったセインツの三番水原は一塁ベースを蹴ると、ライトからの返球がややもたつくのを見て二塁ベースも蹴った。だが、中継に入ったセカンドの武藤が素早く三塁に送球。サードの西木がボールを掴み、気合十分のヘッドスライディングを見せた水原に軽くタッチした。三塁塁審がアウトを宣告する。ドームが割れんばかりの拍手に包まれ、打者走者の水原が地面を叩いて悔しそうな反応を見せた。

完璧に捉えられながらも、水『天才の証明』原の暴走に救われ初回を0点に抑えた世良は苦笑いしながらベンチへと戻っていった。

「相変わらずだな、暴走特急」

 山口がそう言うと、

「でも、この場面で躊躇なく三塁狙えるのって凄いわね」

内田真紀が好意的な解釈をした。確かに二塁を蹴った時点でどう見てもアウトのタイミングだったが、中継プレーにミスが出てセーフになっていれば、一勝三敗と追い込まれてお通夜のようになっているライトスタンドも、一気に盛り上がったことだろう。

アウトになったところで初回だし、さほど大勢には関係もない。チームを鼓舞するための走塁。一瞬のうちにそこまで考えてのベースランニングだとすれば、結果はともかく、その強心臓を褒めねばなるまい。

霧島綾は五人並びの席のど真ん中に陣取って、試合展開そっちのけでたこ焼きを頬張っている。

初回を0に抑えた世良に対して、東京セインツの先発藤原も絶好の滑り出しとなった。一番セカンドの武藤をショートゴロ、二番ショートの石原を三振、三番サードの西木を浅いレフトフライに打ち取った。

(著者:神原月人)

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