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【浦和実】辻川正彦監督|「甲子園も簡単に行けると思った」大きな失敗の始まり

2025.7.9

5年目の秋に関東大会出場



前述したようにスカウティングにも力を入れていたが、もちろん指導面もかなり時間をかけて細かいところまで厳しくやっていたという。グラウンド外、グラウンド内の両面で力を入れていたことが結果に繋がったと言えるだろう。しかし結果が出たことが失敗の始まりだったと辻川監督は話す。
「何の経験もない自分が5年目の秋に関東大会にも出られた。その時に1回戦で対戦したのが当時最強と言われていた常総学院で、エースは倉(則彦・元東芝)、野手は金子誠(元日本ハム)などがいた代です。そんなチームにも5対6の接戦でのサヨナラ負けでした。正直これは甲子園も簡単に行けると思いましたね。それが大きな失敗の始まりでした(笑)。当時は28歳ですから、今の自分が見たら相当テングになっていたんだと思います。油断もあったのでしょう。なかなかそれ以上の結果が出ない。もっとしっかり足元を見てやっていれば結果も違っていたのかもしれませんね」



それでもそこから8年後の2000年秋には再び県大会で準優勝。関東大会でも千葉1位の八千代松陰を破ってベスト8に進出する。ただ、最終的には補欠校となり選抜出場は逃すこととなった。
「この時は手応えもあって、秋の大会が終わった時は色んな方から当確だと言われました。ベスト4に常総学院、水戸商、藤代と茨城が3校残って、藤代は水戸商に点差をつけられて負けたから厳しいという声が多かったんですね。ただ発表が近づいてくると徐々にマスコミの人の熱が下がっていくのが分かりました。結局茨城から3校選ばれたんですね。あの時はショックでしたね」
 
その後も県内ではコンスタントに上位進出を果たすものの、あと一歩届かないことが続く。

後編ではその経験からどうやって選抜出場、そしてベスト4進出に繋がっていったのかを紹介します。(取材・写真:西尾典文)

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