
高校野球の頂点に辿り着いた名将たちにも、失敗や後悔、苦い敗戦があった——。昨年発売された『甲子園優勝監督の失敗学』(KADOKAWA)の中から、高校野球指導者の方に参考となる部分を抜粋して紹介します。今回は花咲徳栄・岩井隆監督の章の一部を紹介します。
「自立とは自ら考え想像し、決断して実行すること」
綱脇、清水、西川愛也(西武)らが残った新チームは、甲子園で戦った経験値を生かして秋の埼玉大会で準優勝を果たし、関東大会にまでたどり着いた。しかし、初戦で正木智也(ソフトバンク)が中軸を打つ慶應義塾に1対9の7回コールド負けを喫し、センバツは絶望となった。「負けたあと、『おれが間違っていた』と謝りました。『甲子園で勝つチームを作る。日本一を目指す』と口では言っているのに、『まずは関東大会出場』と、県で決勝に行くための小さい野球をやってしまった。その結果が、慶應義塾に完全な力負け。関東大会が終わってから11月のオープン戦は、バッティングの考え方をガラッと変えました」
目指すのは1試合10安打、かつ安打の半分以上が長打。「張った球はフルスイングしていい。長打狙いの中でのファウルであれば、おれは認める」と伝えた。今までは的中率を重視していたため、一発で仕留めないと怒られることもあった。ただそれはバッティングが小さくなるリスクを伴っていたため、「ファウルOK」とした。
「『長打を狙っていけ』とはっきりと言いました。ホームランまでは求めないので、外野の頭を越えたり、間を抜けたりするような長打を増やす。強打ができるようになれば、軽打や足を絡めるのはもともと得意にしているので、攻撃のバリエーションが広がっていく」
2011年に智辯和歌山に敗れてから、打の強化は図っていたが、もう一度その意識を強めた。トレーニングで体を鍛えるだけでなく、打席の中でフルスイングして、スイングスピードを落とさない。小笠原、今井とドラフト1位の投手と2年連続で対戦したこともあり、超高校級のピッチャーを打ち崩すことを常に念頭に置いた。
12月になると、アウトオブシーズンに入り、対外試合が禁止となる。強豪校の監督は、冬の土日は中学野球のスカウティングに足を運んだり、大学関係者に挨拶に出向いたり、祝賀会に招かれたり、グラウンド外の活動が増える。教え子の結婚式に呼ばれるのも、この冬の時期だ。
年が明けてから、岩井監督が招かれたのが一般財団法人ジャパンコーチズアソシエーション(現・日本スポーツ推進機構/株式会社ドームが特別賛助)が主催する「ジャパンコーチズアワード」だった。輝かしい成績を収めた指導者を表彰する場であり、スピーチの場もある。この年に、壇上に立ったのが帝京大ラグビー部を常勝軍団に育て上げた岩出雅之監督(当時)だった。
「最初はラグビーだし、大学生のことだし、高校野球にはあまり関係ないだろうと思っていたんですけど、すぐに岩出さんの話に引き込まれました。もろに腹に落ちたんですよ。なぜかと言えば、講演のテーマが『自立』だったから。何だ、やろうとしていることは、おれと一緒じゃんって。おれも間違っていないなって。ただ、まったく違ったのが、自立の定義。岩出さんは、『自立とは自ら考え想像し、決断して実行すること』と話していました。おれの考える自立は、『自分たちで考えて行動しろ』ってものすごく薄っぺらいもの。そうじゃなくて、考えて想像しなくちゃいけない。すごく深いんですよね。カバンから慌ててノートを出して、メモを取りました」
夏の埼玉大会で9年続けて負けたところから、「自立」について考えるようになっていた。その後、甲子園に出られるようにはなったが、優勝校に敗れることが2年続いた。もっと深いところで自立を促さなければ、日本一にはなれないと感じていた。
「もし、自立に興味を持っていなければ、『何かすごい人がすごいことを言ってんなぁ』で終わっていたと思います」
これ以上ないタイミングで、岩出監督と出会うことができた。





































