学校・チーム

【連載】センバツ出場を果たした、進学校公立野球部の今(2)

2016.7.14



 打ち勝つ野球から守り勝つ野球へのスタイル変更


 長田高校野球部の歴史を振り返ると、甲子園出場はなかったものの、強豪ひしめく兵庫県予選でここ10年の間に3度のベスト8出場を果たしている。そのチームに変化をもたらしたのは、同校の野球部出身の永井伸哉監督の存在が大きい。永井監督が就任する前の野球部は、現在の守り勝つスタイルではなく、10点取られても、11点取るという打ち勝つ野球で強打のチームだった。

 前任の大津考範氏(現・川西緑台高校監督)は、当時の様子をこう振り返る。「長田の野球部に入部してくる生徒達は、中学で硬式野球をしていた生徒はほとんどゼロに等しいんです。年によっては、ピッチャー経験がある生徒が全くいないということも珍しくなかった。ただ運動神経がよく、ガタイの大きい子は多かった。そのため必然的に守ることよりも、攻めて勝つというスタイルで臨む必要があったんです。」

 大津氏は就任当初、他校では考えられなかった一幕があった。何気ない雑談の中で、「トップクラスのプロ野球選手は3億円稼ぐぞ」と生徒に話すと、「僕達も社会人になったら、それくらいは稼ぎますよ」と返ってきた。大津氏は「この子達は発想が宇宙人だ」と感じたというが、同時にこの集中力を野球に向ければ必ず結果は残せるという手応えもあったという。

 永井氏が野球部の監督に就任したのが、9年前。前任の大津氏の時代から変えざるえなかったのは、生徒達の小柄化が進み、打ち勝つ野球では強豪ひしめく兵庫県予選で勝ち抜くことは難しいということだった。そこでまず着手したのが、送球練習の徹底だった。
「ウチの生徒達は強豪私立のように、捕ることの技術を磨く方法ではダメ。安定したスローイングができることで、落ちついた捕球にも繋がる。まずは捕ることを置いて、『自分は投げられるんだ』、という自信を植えつける必要がありました」。

 もう1つ永井氏を悩ませたのが、「いかに生徒に説得力がある方法で野球を理解してもらうか」という点だった。先述した通り、長田の野球部に入部する生徒は中学時代を強豪チーム在籍者はおろか、硬式経験者は非常に少ない。そのため野球の基本となるような知識や、指導を十分に受けていないこともあり、まずは基礎的な部分から理解を深めなければいけない。

 だが、生徒達の特徴として、論理的な思考能力は非常に高く、数字に対しての理解が深いものがあるという点が目についた。そこで各練習でタイムを計測し、その成否を意識づけることを徹底した。

 セーフティバントは4.2秒、クイックは1.2秒、2塁への盗塁は1.7秒、20メートルダッシュは3.15~3.45秒。

 これは単なる一例に過ぎず、各プレーに細かい数字設定がいくつかある。前提として野球部に所属する生徒の半数以上が理系ということ。それも手伝い、数字やデータがもたらした説得力は大きく、“データ”を意識したID野球は効果を上げていく。


 試合前はリラックスするために、参考書を読む

 試合前の集中方法に関しても独自のスタイルを確立している。永井氏の思考では集中方法は、日常に近いものに触れるということ。そこで行き着いたのが、参考書を読み込むというものだった。就任当初、ベスト8をかけた試合前のミーティングでリラックスを目的に参考書を使ったことがあるという。結果、選手たちは普段以上の力を発揮し、強豪私立をやぶり快勝。「深い意図があったわけでなく、平常心で試合に臨んでもらいたく始めたことです。ただ、対戦相手は思いのほか不気味に思ってくれて。笑」と永井氏は言う。以降、球場で参考書を読み込む生徒達の姿は、長田の代名詞となった。

 長田高校の練習を見ていて感じるのは、生徒達がメモを良くとるということだ。ミーティングや練習前、練習後は生徒達のポケットにはノートとペンが常備されている。今日聞いたことを忘れないという意識を徹底することで、放課後のわずか2~3時間程度の練習時間の中で、効率性を高めていく。進学校といっても、自発的な思考や自主性といった野球に必要な偏差値では測れないものがある。だが、メモをとり、自分達だけで考える力をつけることを繰り返すことで考察力は伸ばすことができる。そんな日々の積み重ねを追求した“努力のチーム”が長田の野球部だ。

 最後に、レギュラーを支えるメンバーについても触れたい。長田は練習試合と公式戦では、全く異なる顔を見せる。それは単純な集中力の差もあるが、公式戦では緻密なデータを使用した分析班の存在も大きな要素となる。現チームでは、「学生コーチ」として部員を支える大堺利紀君が主な分析を担当する。1年生の時に練習についていけず、原因不明のめまいや吐き気に襲われて退部まで考えたという大堺君。だが、大堺君の野球の知識を評価していた永井氏の声掛けで「学生コーチ」に就任する。当初は葛藤もあったというが、自身が“凝り性”という性格もあり、チーム名とから”マニアック”すぎると評される分析で相手を丸裸にしていく。配球や得意コースはもちろん、細かいクセや苦手意識までまとめる分析力は思わず目を見張るものがある。事実、昨秋や公式戦では接戦のゲームを制してきた野球部にとって、大堺君のデータがもたらした影響は図りしれなかったといえるだろう。

 また、練習中に下級生からこんな声が頻繁に聞こえる。「大堺さん、フォームのチェックお願いします」「フォームが崩れてないか確認したいので、後でデータを送って下さい」。アイフォンを片手に部員達と接する学生マネージャーは、最後の夏を迎えその分析力を遺憾なく発揮するはずだ。



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