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自分の「現在地」を数字で知ると練習が変わる、未来が変わる! トラッキングデータ入門

2021.4.29

社会で進むIT化の波は野球界にも急速に広がっている。近年、注目を集めるのが投球や打球を立体的に解析した「トラッキングデータ」だ。球の回転数や変化量などが数値化され、「感覚」頼みだった野球が変わり始めている。


「感覚」と「数値」をすりあわせることで自分の成長が見て取れる



 「伸びのある直球」に、「キレの良い変化球」。捕手からの「今日はボールがきてないぞ」というかけ声……。
 野球界で当たり前のように使われてきたこれらの言葉に、明確な指標はない。伸びって、なに? キレって、なに?
 そう。投手が投げるボールはほとんどすべて、当事者たちの「感覚」や「主観」によって評価されてきたのだ。
 唯一と言っていい絶対的な指標と言えば、スピードガンによる球速表示くらい。だが、「球速以上の伸びがある」「表示ほどの速さを感じない」という表現があるように、球速だけでは計りきれない奥深さが投手にはある。


 投げたボールの回転数や回転軸に変化量、軌道……。打者であればバットから放たれた打球の速度や角度などを数値として示してくれるのが、「トラッキングシステム」と呼ばれるものだ。
 高感度のカメラやレーダーで、投球や打球が瞬時に解析される。ここ10年ほどで米大リーグ、そして日本のプロ野球にも急速に広がり、今やプロ野球球団の大半が高性能弾道測定器「トラックマン」を活用している。アマチュア野球でも早いところはすでに動き出しており、東京六大学野球では公式戦でもトラックマンを導入。リーグ戦で取得したデータを全大学でシェアしている。
 では、これらのデータが分かることでどんなメリットがあるのか?



 
 実際に簡易型の弾道測定器「ラプソード」を2017年に導入し、投手陣の底上げに成功したのが慶応大だ。失点を重ねることが多かった慶応大だが、投手陣が自分の特徴を知ることにより、それぞれが目指すべき投手像が明確になったという。
 東京六大学リーグで通算5勝を挙げている右腕の森田晃介(4年、慶応)の説明が分かりやすい。

「投げたボールが『見える化』する。データで明らかにされるので、その球をどんな意図で使えば効果的かとか、この球は見せ球にしようとか、球種ごとの役割を明確にすることができました」。

 たとえば、森田の場合、「ストレートで空振り三振を取りたい」という投手としてのロマンがあったが、回転数や回転効率といったボールの『伸び』に関する数値を見たところ、あまり高くなかったことから、その役割を見直したという。

「僕のストレートでバットの上を通過させて空振りが取れるかというと、現実的にそうではない。その事実をラプソードで知ることができた。うすうす感じてはいましたが、割り切れる根拠になった。じゃあ、直球はゴロを打たせるために低めに集めようと」。

 スライダーと直球の軌道の差が大きすぎて打者に見切られてしまう特徴もラプソードから見て取り、新たにカットボールを習得。低めの直球とカットボールなどを主体に、打たせて取る投球術を確立した。




 1年生の春からリーグ戦を経験し、通算防御率0・71を誇る増居翔太(3年、彦根東)も練習からラプソードを使いこなす一人だ。

「ブルペンでの投球練習で、感覚的に新しいトライをするときはデータが欲しい。実際にバッターに打ってもらわないと分からなかった部分が、データである程度、試合で通用するかどうかが分かるので効率的です」。

 自らの「現在地」や「特徴」を知る。成長には必要不可欠な要素だ。
 今までは自分の感覚や指導者や捕手からの評価だけに頼っていた部分を、明確な数値が示してくれる。「感覚」と「数値」をすりあわせる作業を繰り返すことで、「自分の成長が見て取れる。日頃の投球練習が楽しくなった」と森田。
 1球1球、すぐに数値が出るため、「この投げ方だったら回転数がどうなるか」といった試行錯誤ができる。結果、自ら考えて練習する力が身につくというわけだ。慶応大ではブルペンに常設しているほか、今年からは実戦的な練習の時も計測しているという。




 指導する側にとっても、メリットは大きい。
 やはりラプソードを導入する神奈川・立花学園の志賀正啓監督は選手とのコミュニケーションの材料にしている。
「イメージだけで伝えられても選手は分からない。『なぜ打たれたか』を選手に説明する材料にもなりますし、ボールの軌道や回転数などを示してやれば、感覚とのずれも一致する」。

 慶応大の竹内大助・助監督が思い描く未来は刺激的だ。
「大げさかもしれませんが、理想はコーチが必要なくなる環境ができればいいと思っています」。

 選手が個々で投球データを読み解き、分析結果に基づいて目指すべき道を考え、チャレンジをする。やらされる練習から、自発的な練習へ。トラッキングデータは選手の思考や行動をも前向きにする可能性を持っている。

(取材・文:山口史朗)



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