企画

連載野球小説 『天才の証明』 #25

2016.8.24


〜第25回〜

「白鳥はロケットランチャーをぶっ放すしか能のねえキャッチャーだ。そんだけの火力があれば大した頭脳は要らねえ」

 笠松は自軍の正捕手を「キャッチャーとしては二級品」と言っているようだった。

「そういえば何年か前にマサオとバッテリー組んでた時な。あいつ言ってたぞ」

「マサオって、田仲のことですか?」

 世良がそう問うと、笠松はこくりと頷いた。田仲将雄は去年まで六年間在籍した東北ファルコンズを球団初の優勝に導き、昨オフにポスティング制度を利用してメジャーリーグへと移籍した。笠松は三年前までファルコンズに在籍しており、田仲をルーキー時代から知る間柄だ。

「打者を打ち取れるのがいいボールだ。いいボールだから打ちとれる訳じゃない」

「ええ、まあその通りでしょうけど」

 世良がかつての仇敵の発言には素直に賛意しかねるのか、曖昧な返事をした。

「マサオのスプリット、今じゃあいつの代名詞みたいなボールだけどな。あれだって元を辿れば雑誌で知った握り方をブルペンで数球試して、即試合で使ったような代物だからな」

 火野周平が若かりし頃の田仲の逸話に目を輝かせた。

「何すか、それ! やっぱり田仲さん天才です」

「新しい変化球をすぐに実戦投入するなんて、よくそんな大胆なことできますね」

 興奮気味な火野とは対照的に、世良の意見はどこか冷めていた。

「普通の投手の感覚であればそうだろう。ある程度練習して、実戦で使える目途が立ってから初めて試合で投げるっていうのが常道だ。だけどな」

 笠松がいったん言葉を切った。

「ブルペンでどれだけ良い球を放れたって試合で打者を打ち取れなきゃなんの意味もない」

「その通りです」

 火野と世良の声が揃う。

「裏返せば……」

 笠松の話にはまだ続きがあるようだった。

「変化球がほとんど曲がってなかろうが、棒玉の直球だろうが、打者を打ち取れさえすればそれでいいとも言える。究極、変化球は曲がる必然性すらない」

 火野と世良は呆気にとられたような表情を浮かべた。

「変化球が曲がらなくていいってことですか?」

 世良が笠松に問うた。

「俺が意図していることとは少し違うが。まあ、だいたいそんな感じだな」

「ぜんぜん意味がわからないんですけど」

 笠松が意味ありげに微笑んだ。

「その意味が分かった時に一軍に戻れるぞ、世良」

 そう告げると、唐突に笠松が歩き出した。室内練習場に向かって歩く笠松の背中を世良と火野周平がぼんやりと見つめていた。

(著者:神原月人)


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