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【連載】センバツ出場を果たした、進学校公立野球部の今(1)

2016.7.14

 

2016年1月29日。県内でも有数の進学校である長田高校の校内に、歓喜の声が響き渡った。創部94年目で初の甲子園の舞台へと選出されたという吉報。全学年の生徒達は、一時授業のことを忘れ、野球部を称える拍手を送った。

 今年の春のセンバツで悲願の甲子園初出場を果たした長田高校。21世紀枠として、阪神淡路大震災後の地域貢献や震災教育も高く評価されての選出となった。前評判は決して高くはなかった。しかし、蓋を開けてみるとエース園田涼輔の好投もあり、強打の好打者が揃う九州No.2の海星打線を3安打に抑えるロースコアゲームを演じる。最終回の攻撃では抜ければ逆転という大飛球が右翼を襲うが、相手の好捕に阻まれゲームセット。強豪校を土俵際まで追い詰めた戦いぶりに、スタンドからは温かい声援でナインを労う声が聞かれた。

 筆者が長田高校を始めて訪れたのは、激戦のほとぼりが冷めた4月上旬だった。地域住民に長田高校の甲子園での印象を訪ねていると、印象深い回答が聞こえてきた。「この地域の人はほとんど長田高校を応援していたと思います。それは、ただ進学校の生徒というだけでなく、震災の際に学校全体で私達を支えてもらったという恩がある。今回の甲子園では、その恩を少しでも返そうと地域全体で盛り上がりを見せていました」

 
  震災という荒波を乗り越え掴んだ甲子園

 1995年の阪神淡路大震災から21年。神戸を襲った未曾有の大震災で最も被害が大きかった地域の一つが長田地区。死傷者の数は1500人近くに登り、火災と地震で住居を失った人で溢れた。そんな状況の中、一時避難場所として機能したのが長田高校だ。住居旧南校舎は全壊し、敷居内の地面には大きな亀裂が入った。だが職員たちは、そんな状況も顧みず率先して地域住民の引率を行った。

 長田高校の記念誌には、当時の様子がこう綴られている。
「40年もの間、一生懸命働いて、やっと建てたばかりの家が、わずか20秒で壊れてしまいました。もう、帰るところも、行くところもありません。と言われる人もありました。(中略)避難住民に少しでも安心し、心安らいでもらうために、先生方が一生懸命頑張ってくださいました。近くで火事があれば、火の手が近づいてこないかを監視したり、鎮火の確認をしたりもしていました。」
今回の長田高校のセンバツ出場を地域から手厚いサポートがあったのは、こんな背景がある。

 野球部の監督を務める永井伸哉氏も長田高校出身。部長の西岡大輔氏も長田地区の出身で、今回のセンバツ出場には嬉しさの反面、震災復興という名目も考慮されての選出という名目もあり複雑な想いもあったという。永井氏はこんなことを話していた。
「今の生徒達は震災を知らない世代。なかなか震災復興に貢献といわれても想像するのが難しく、その責任を全うできるのかという戸惑いもありました」

 センバツ選出決定後、新湊川公園内の「慰霊碑」を部員全員で訪れたことがある。その際に部員の野球ノートに書かれた言葉を見て、永井氏は自身の戸惑いが杞憂であると感じたという。「泣いている人がいました。今まで見たことがなかった人の想いを感じ、犠牲者の方々の関係者の姿を見ることで身が引き締まる思いでした。」

 

キャプテンの三宅智はこう話していた。
「確かに僕達は震災を知らない世代。ただ、小学校から続けて震災教育を受けてきて、生活の一部として捉えてきました。毎朝、復興を願って作られた『しあわせ運べるように』という歌と一緒に育ってきた。それだけにプレッシャーもありましたが、今までの取り組みを評価していただいて嬉しいという思いもありました」

 初の甲子園の舞台に加え、公立進学校、震災教育を評価された21世紀枠の選出という話題性もあり、練習にはマスコミやOBといった関係者が大挙した。永井監督曰く、「今振り返ると、初めての体験で部員たちも舞い上げってしまい、充分に練習に集中できたかは怪しい」というように、部員達は慣れない対応に時間が割かれ、勉強と野球の両立に苦しんだのも事実だ。本来、スポーツと震災復興というテーマを結びつけて結果を語るのはナンセンスであることは理解している。だが、充分な練習ができない中でも周囲の予想を覆し、全力プレーで好ゲームを演出できたのは、長田という地域を背負って戦うという責任感を部員達が理解していたことも大きいのではないか、というのも取材者として生徒達が発する言葉からも感じさせられた。

 

エースの園田涼輔は甲子園で得たものは何なのか、という質問にこう答えた。
「センバツではいろいろなプレッシャーがありました。だが、試合が始まると楽しくてあっという間に終わってしまったというのが感想です。春の舞台に立てたことで、夏に必ずこの舞台に戻ってきたいというイメージを持てた。春は自分達だけで勝ち取ったものでないと思っているので、夏は自分達の手で甲子園の舞台を勝ち取りたいです」。

 初の甲子園を経験した長田高校の夏が始まる。



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