企画

連載野球小説 『天才の証明』 #15

2016.7.15


〜第15回〜

「火野選手の現在の容態に関して、ご説明願えますでしょうか」

 カメラマンからの無数のフラッシュを浴びた栗原監督は、一瞬眩しそうに目を細めた。北海道ガンナーズの球団事務所では、火野周平がマウンド上で肘を庇う仕草をした後、両手でバツ印を作って自らマウンドを降りた件で、緊急の記者会見が開かれていた。

「病院での検査の結果、筋組織の損傷や断裂等は認められませんでした」

 栗原は淡々と事実を伝えた。記者席から安堵の声が漏れた。記者席の最前列に座っていたガンナーズのキャップを逆さまに被った無精ひげの男性が挙手をした。栗原が「質問をどうぞ」と促す。

「道スポの川村です。故障ではないのに、火野選手の二軍落ちを決めた理由は?」

「本人が違和感を訴えておりますので、大事をとっての措置です」

 栗原は腕組みをしたまま即答した。

「火野選手の復帰時期についてお聞きしたいのですが」

「未定です」

 わずかに俯いた栗原の視線は「私が復帰時期を聞きたいぐらいだ」と語っているようであった。道スポの川村の隣の席に座っていた年配の女性記者が質問をした。

「オールスターへの出場については?」

「場合によっては、出場辞退という可能性もあり得るでしょう」

「火野選手は、今季中の復帰が可能と考えてよろしいのでしょうか」

「そのように考えております」

「前回登板までは素晴らしいピッチングを披露していましたが、今回突如乱れた要因は?」

「分かりません」

 栗原が苦りきった声を発した。

「身体に何ら異常が生じていないのに、急になんで投げられなくなったのですかねえ?」

 道スポの川村が挑発的な質問を投げかけてきた。

「十九歳の成長途上の身体に二刀流などと無理な負荷をかけ過ぎた。結果、その負荷に耐えきれずにパンクした。あるいは、選手として何らかの致命的な欠陥が見つかった。そのような可能性は?」

 川村の憶測じみた発言に、報道陣が分かりやすいほどにざわついた。

「そのような深刻な事態ではないと考えますが、今後の起用法については慎重に判断していきたいと考えております」

「復帰後も二刀流は継続されるのでしょうか」

 栗原は首を横に振った。

「状態を見ながらではありますが、復帰後は野手としての出場をメインに考えております」

「投手としての出場を封印する、ということでしょうか」

 記者席からの質問に栗原が大きく頷いた。

「すべては経過次第ではありますが、その可能性が高いものと考えます」

 おもむろに栗原が席から立ち上がった。これで会見を打ち切るという合図であった。

「詳しいことが分かり次第、追ってご報告いたします」

 栗原は足早に記者会見席から退席した。

(著者:神原月人)


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