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【小鹿野】思い切ってどんどん振る 目指すは魅せるバッティング(1)

2016.4.13

埼玉県の山間部付近に位置し、全校生徒が200数十名と少ない小鹿野。だが部員数にも恵まれない中、野球部は近年で目覚ましい成長を遂げている。イキのいい打撃を持ち味とする彼らの取り組みとは――。

伸び伸びとスイングさせバントをせず大量得点を狙う

「ウチの持ち味はバッティングです」。
加藤監督はハッキリとした口調でそう言う。2013年より小鹿野に赴任し、同年の秋から監督を務めて2年目。経験はまだまだ浅いものの、前監督の新國部長とともに、情熱を燃やし、試合では打ち勝つ野球を目指している。
 実は講師だった時代、1年間だけ小鹿野に勤めていたことがある。当時のチームは中学時代にレギュラーを獲れなかった選手たちがほとんどで、野球を一から学ばせる必要があった。だから必然的にキャッチボールからつながる守備練習がメインとなり、試合では何とか粘っていくしかない。もちろん、それは野球において大事なことだ。ただ、再び小鹿野に戻ってきたとき、たった数年での選手たちの変貌ぶりに驚いたのだという。
「選手が明らかに自信満々でプレーしていたんですよね。人数が少しずつ増えてきたのもありますが、大きく変わったのはバッティング。伸び伸びとスイングしていて楽しそうですし、バッティングが好きなんだろうなと。ならば、そこを伸ばそうと思ったし、監督になってからもほとんどバントはせず、どんどん打っていって、つないで大量得点を稼ぐのを基本に掲げるようになりました」

名コーチの技術指導も踏まえ強いスイングを徹底する

 加藤監督の就任直後、小鹿野は躍進を遂げた。秋は33年ぶり、翌14年春には58年ぶりとなる地区予選突破を果たし、県大会に出場。負けに慣れていた選手たちが勝利の喜びを知り、モチベーションはさらに上がっていった。また街自体も活気づき、地元民の応援の声などもよく聞かれるようになった。「地元では小鹿野歌舞伎打線と言われ、街の人たちが拍子木を叩いて応援してくれます。たくさんの応援で野球部も盛り上がってきていて、おかげさまで新入部員も選手17名、女子マネ3名が入ってくれました」
 大きな要因はやはり、バッティングの進化だろう。そこには12年より外部コーチとして技術指導を行ってきた石山建一氏の存在が大きい。静岡高や早大、社会人野球でも活躍し、早大やプリンスホテルで監督を務めた経歴を持つ大ベテランで、特に打撃指導には定評がある。加藤監督は選手が上達していく様子を肌で感じながら、その理論を吸収し、選手たちに噛み砕いて説明している。
「月6回ほどのペースで来ていただいています。その指導も踏まえて大事だと思うのは、いかに自分のタイミングで待ち、いいスイングで打つか。普段の練習でも、緩い球を引きつけて強く打つことは徹底していますね」

状況に応じて考えさせ打線のつながりを求める

 小鹿野は現在、2~3年生が9名しかいない。つまり、昨秋の公式戦では9名ギリギリ。それでも各選手が役割を考え、全員でつなぐ攻撃を少しずつ形にしてきた。
「いつも選手に言うのは、どこで点を取るのかを考えよう、ということです。長打が期待できる選手や逆方向に打てる選手など、それぞれの特徴があるわけですから、たとえば二死一塁で中軸の選手に回ってきたら長打を狙ったり、二死走者なしであれば二塁打2本を狙うなど、状況に応じて考える。切れ目のない打線は理想ですけど、現実としてはなかなか難しいので、何とか試合の流れを持ってこられるように考えさせています」
 そして、理想は「魅せる野球」だという。
「野球の花形はホームランであり、三振でもある。最終的には小鹿野の打者が打席にいるとカッコいいって言われるようになってほしいし、ちょこんと当てて出塁するのではなく、やはり思い切り振らせていきたい。見ている人が楽しいと思える野球をしたいですね」


野球部・監督
加藤周慈
1986年12月27日、埼玉県出身。滑川高(現・滑川総合高)時代は投手。城西大を経て小鹿野高や寄居城北高で講師を務め、2013年4月より小鹿野に赴任して同年秋より監督。

SCHOOL DATA
小鹿野高校(埼玉県)
●監督/加藤周慈 ●部長/新國直樹 ●外部コーチ/石山建一 ●部員数:26名(3年:選手6名、2年:選手3名、1年:選手17名、女子マネ3名)
1948年創立の県立校。52年より県高野連加盟。今年は上級生が9名の状態から選手が17名、女子マネージャーも3名入部。街も含めて活気づいている。2000年度から山村留学を実施。



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