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【日大藤沢】優秀なキャッチャーを輩出し続ける要因、そこには投手に対する「愛情」があった

2017.3.28

レギュラーを目指す日大藤沢高校野球部のキャッチャー陣

全国屈指の激戦区神奈川で、90年代には2度の選抜出場、そして1度の選手権出場。2007年にも選抜への切符を掴むなど、実力を証明している日大藤沢高校。数多くのプロを輩出する名門校であるが、近年では横浜DeNAベイスターズの黒羽根利規捕手や、川辺健司(ヤマハ)、島仲貴寛(三菱自動車岡崎)など、プロ・アマ問わず有望なキャッチャーを輩出し続けていることで注目が集まっている。

指揮を執るのは日大藤沢出身で、社会人野球時代に日本選手権優勝の経験を持つ山本秀明監督。プロ野球のレジェンド山本昌投手(元中日)を実兄に持ち、高校時代からキャッチャーとしてプレーした経験を持つ山本監督に、「捕手育成論」を聞いてみた。


23歳で気づいたキャッチャーのやりがい

まだ肌寒い3月下旬。春の県大会を目前に迫り、日大藤沢のグラウンドは熱気を帯びていた。選手たちに熱い視線を送るのは自身もこのグラウンドで高校時代を過ごした山本秀明監督。
日大藤沢時代には肩の強さを買われ、2年秋にキャッチャーへコンバート。高校卒業後は三菱自動車川崎でプレーを続け、日本選手権優勝を経験。引退後は横浜隼人のコーチを経て、母校の監督に就任。華々しいキャリアを持つ山本監督だが、キャッチャーのやりがいに気づいたのは意外にも23歳を過ぎてからだという。

「振り返ってみると23歳になるまでは、キャッチャーというポジションの重要性を何もわかっていない状況で野球をやっていましたね。例えば、ミットを構え、違うところに投手がボールを投げる。そのボールが打たれたら、完全に投手のせいにしていました。でも、試合でチームが負けたら大抵キャッチャーが監督に怒られるでしょう?それすら知らん顔していました。『なんで怒られなきゃいけないんだよ』ってずっと思っていましたね」。

山本秀明監督から直接指導を受けるキャッチャー

しかし、転機は都市対抗出場を決定した年。当時アマチュア野球界ナンバーワン捕手として君臨し、東芝の兼任コーチであった高見泰範氏が補強選手としてチームに合流した時だった。

「高見さんに『ミットを構えて、違うところに投げて打たれた。本当にそれでいいのか?』って言われたんですよ。自分がキャッチャーとして出場してチームが負ける。それを望むプレーヤーなんていませんよね。じゃあ、どうするんだって。そこに投げきれなかった投手ではなく、そこに投げさせられなかったキャッチャーの責任だと、その時気づいたんですよ。それまで僕は何も考えずボールを要求していたわけです。高見さんに話を聞いた以降は、自分で配球を考えたり、チームの投手を一人ひとり隅々まで観察しましたね。28歳まで現役を続けたんですけど、そう気づいてからブルペンに入るのが毎日楽しくて仕方がなかったです。だから、今の選手たちには、僕が23歳で気づいたことをなるべく早い年齢で理解して欲しいですね」。

愛情を持って投手に接することが大切

高校野球に限らず、キャッチャーが投手に対して怒った表情で「腕を振れ」などのジェスチャーをするシーンをよく見かけるが、日大藤沢のキャッチャーは一切しないという。打たれたら100%キャッチャーの責任。この考えが脈々と浸透しているのだ。

「野球においてキャッチャーはよく『女房役』と言われますよね。縁の下で支える役目こそキャッチャーが担わなければならないんですよ。そのキャッチャーが投手に対して文句を言ってしまえば、家庭は崩壊してしまいます。キャッチャーというのは投手を叱責するのではなく、周りをよく見て、自然と気遣いができる子が向いているポジションだと思っています。ただ、できるなら1年生の時から正捕手として育てていきたいですね。黒羽根は僕が就任したときは既にレギュラーで、能力の高いキャッチャーだったのであまり教える月日がなかったのですが、川辺であったり、島仲というのは約2年かけてじっくり育てることができました」。

捕球の練習を行う日大藤沢高校野球部のキャッチャー陣

さらに、キャッチャーの配球について話は広がった。
「配球というのは机上では語れないものです。バックネット裏や、ベンチで見ていると『ここの場面は変化球だな』と思うが、これは投手のベストのボールを想像してそう思うわけです。でも、この場面で大事なことは、ベストのボールが来る確率ってどれくらいなんだろうと考えることが、キャッチャーは頭に入っていないといけないんです。だから、一球一球に対して僕がキャッチャーに問い詰めることはほとんどないですね。僕がキャッチャーに求めているのは投手との関係性。同じ打者でも投げる人が違うなら配球だけではなく、掛け声すら違わないといけない。そういったものは僕が見つけて教えるのではなく、キャッチャーが自分で見つけるものなんです」。

日大藤沢高校野球部のキャッチャー用具

当事者である選手同士だからこそ話せる本音があり、キャッチャーとしての引き出しというのは自分で作るもの。日大藤沢のキャッチャーは投手に対し「愛情」を持って接する。投手の癖を見つけ、それをリードに活かす。打たれたら自分が責任を取るから思い切って投げてこい、そう言えるからこそ、投手は腕を振れる。肉体的にも精神的にもハードなポジションであるが、唯一無二の女房としてチームを支えるやりがいが、日大藤沢の伝統として受け継がれているのだ。

次回はキャッチャー出身の山本監督ならではの『キャッチャーの練習方法』について迫っていきます。(取材・撮影:児島由亮)

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監督プロフィール

日大藤沢高校野球部山本秀明監督

山本秀明(やまもとひであき)
1970年4月11日生まれ、神奈川県出身。日大藤沢高校から三菱自動車川崎。98年に社会人野球を引退し、翌年から横浜隼人高校のコーチを2002年まで務める。04年に母校の監督に就任し、07年に選抜大会へ導いた神奈川屈指の指導者。