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【福岡工業】マネージャー、保護者も一丸となって強化に取り組む伝統校

2017.3.17

多くの強豪、古豪、新興勢力がしのぎを削る福岡県の高校野球。そんな中で、度々上位に進出して存在感を示しているのが県内屈指の伝統校として名高い福岡県立福岡工業高校野球部。その裏には選手、指導者、保護者が一体となり、意識高くチームの強化に取り組む姿があった。

保護者が当番制で作る炊き出しを食べる福岡工業野球部の選手達


◆目 次◆

福岡工業野球部としての基本的精神と心構え

練習、紅白戦でも夏を意識して重いバットを使用

工夫を凝らしたアップとトレーニング

マネージャー、保護者も一丸となってチーム強化

福岡工業野球部としての基本的精神と心構え

福岡工業の創設は明治時代の1896年。今年度で開校120周年を迎え、工業高校では西日本で最も歴史のある伝統校だ。野球部の歴史も古く、過去に春夏通算9度の甲子園出場を果たしている。

近年は私立校の台頭もあって甲子園出場からは遠ざかっているものの、01年夏の県大会で準優勝、08年の春には三嶋一輝(現DeNA)と中島卓也(現日本ハム)を擁して九州大会優勝を果たすなど、県内でも指折りの実績を誇っている。

チームを指揮する森山博志監督は筑紫中央で主将を務めた後、日本体育大でも捕手、副主将としてプレーした経歴の持ち主である。大学卒業後は福岡に戻り三井(みい)高校の監督に就任。その後教育委員会での勤務を経て母校の筑紫中央、福岡工業、糸島の監督を歴任し、13年に再び福岡工業の監督となった。先述した三嶋、中島の両選手は最初に福岡工業の監督を務めた時に指導した選手である。

三嶋一輝(現DeNA)と中島卓也(現日本ハム)を擁して九州大会優勝を果たした実績もある森山博志監督

森山監督が最も重要視していることが“意識”。常々「能力の差は2倍、努力の差は5倍、意識の差は100倍」ということを選手にも伝えていると話すが、そう考えるようになった背景には若い頃の経験があるという。

「最初に監督になった頃はとにかく選手を鍛えれば勝てると思っていたんです。実際にある程度結果もついてきましたし、大学や社会人でプレーを続ける選手も多かった。まあ当時は社会人もチームが多かったですから。ところがある時、大学や社会人で野球を続けても伸びない選手が多いことに気づいたんです。こっちが全て叩き込もうとして選手の考える力がついてなかったんですね。それから少し考え方を変えるようにしました」

そんな経験もあって、現在野球部では『主体変容』という言葉を掲げている。これは経営の神様として知られる松下幸之助の言葉であり、周囲や環境を変えるにはまず自分が変わる必要があるという意味だ。森山監督自身も選手を変えようとするのではなくまず自分が変わり、選手が自ら変わる強い意識を持てるような指導を心がけているそうだ。

取材に訪れた前日には卒業する三年生を送る「出発式」が行われており、毎年そこで配られる冊子にはその年度の成績だけではなく、福岡工業野球部としての基本的精神、心構えについても多くのページが割かれている。

その内容はグラウンドでの姿勢、用具の揃え方から普段の生活や挨拶にまで詳細に記されている。

卒業する三年生を送る「出発式」で毎年配られる冊子

表紙に主体変容とともに書かれている【「野球選手を育てる」のではなく「野球が出来る立派な人を育てる」集団である】という言葉が単なるスローガンではなく、日々実践されていることがよく分かる内容だ。このように細部までこだわることが、ひいては強い野球選手と人を育てることになるのだろう。

練習、紅白戦でも夏を意識して重いバットを使用

この日の練習は午前中はポジションごとに分かれてのノックとバッティング、午後からは紅白戦が行われた。福岡工業のグラウンドは野球部専用ではなくサッカー部やラグビー部との兼用。この日はどちらも他校での試合で不在だったが、普段はそれに配慮してバッティングはバックネットに向かって打っているという。そしてグラウンド全面が使える日は貴重ということで、この季節でも積極的に紅白戦を行うそうだ。

冬でも積極的に紅白戦を行っている福岡工業野球部


選手は2学年で57人と部員数が多いこともあり、バッティング練習は5か所で行われていた。打撃投手が投げるのは緩いボールで、それをとにかく強く打ち返していたが、バットは1.2㎏とかなり重いものを使っている。午後からの紅白戦でも引き続いて重いバットを使っていたが、これも選手に考えさせた結果こうなったそうだ、その経緯について森山監督に聞いた。

「重いバットを使っている狙いとしては夏に勝つためにというのがあります。夏場に疲れが溜まってくるとどうしてもバットが重く感じるんですよ。だからこの時期は重いと感じる感覚でもしっかり打てるようにということで1.2㎏のものを使っています。『紅白戦ではどうしますか?』って選手は聞いてきたので、『どっちがいいと思う?』と返したら重いバットを使うと言ってきました。小さいことですがこういうこともこっちから一方的に決めるのではなく、選手に考えさせるようにしています」

工夫を凝らしたアップとトレーニング

午後から行われた紅白戦に出場しないメンバーは基礎体力、筋力向上のトレーニングに取り組んでいた。まず面白かったのが「ボールアップ」と呼ばれるボールを使ったウォーミングアップ。ただ走るのではなく、常にボールを投げる動き、捕る動きを取り入れたものだ。わざとワンバウンドでキャッチしたり、高く投げて体を一回転させたりとそのバリエーションは豊富。動きながらボールを捕える感覚と、ハンドリングの向上に効果があり、実際にやってみると見た目以上に難しいことがよく分かる。リラックスしながらリズム良くボールを扱うこと、そして身体のバランスと動かすタイミングの訓練には非常に効果的と言えるだろう。

下半身、股関節周りの強化として行われていたのが「アヒル」と呼ばれるトレーニング。両手でそれぞれの足首を持ち、その姿勢で歩くものだ。地味だが速く歩くことが難しく、長い距離続けるのはかなりの負荷になるだろう。

そして見た目にもインパクトがあったのが「おんぶ抱っこ」と呼ばれるもの。最初はその名の通り二人一組でおんぶやお姫様抱っこで歩くものだったが、最後は1人で前と後ろに選手2人を抱えるものや、後ろに二人抱えるという形に発展していた。

「おんぶ抱っこ」と呼ばれるトレーニング

前と後ろに人を抱えて走るトレーニング

森山監督がトレーニングの際にキーワードにしているのが「不安定の安定」ということ。持ちやすいバーベルなどではなく、人という持ちにくいものを不安定な状態で抱えながら安定した姿勢をとることで実際のプレーにも強さが出てくるという。普通にやるだけでもかなりきついトレーニングだが、追い込む時期は学校から4kmほど離れた砂浜で更に不安定な状態でも行うそうだ。

見ているだけでも体力的に厳しいトレーニングだったが、選手達は常に明るく大きな声を出して楽しげに取り組んでいた。こういう雰囲気にも選手の意識の高さが滲み出ているのだろう。

マネージャー、保護者も一丸となってチーム強化

森山監督が最初に福岡工業の監督となった頃から強化しているのが食事に対する取り組みだ。当初はとにかく量を食べることだけを指導していたが、糸島高校に赴任した時から専門家による指導も実施。福岡工業に復帰した後もそれを継続している。

そして土日のお昼はお弁当ではなく、保護者が当番制で作る炊き出しを食べているという。保護者の方に話を聞くと「これが当たり前じゃないんですか?」と逆に驚かれたが、高校球児の昼食はお弁当が一般的である。常に温かいご飯を食べられる選手達は非常に恵まれているのではないだろうか。先述した冊子には炊き出しを食べる時の手の合わせ方、片づけについても触れられており、選手達も当然感謝の意識を持つことも忘れていないようだ。

保護者が当番制で作る炊き出し

チームを支えるもう一つの大きな存在が4人の女子マネージャーだ。練習ではタイムキーパーを務めて大きな声で選手に指示を出し、昼食の準備や片付け、紅白戦のデータ収集、その打ち込み作業なども彼女たちが一手に担っている。森山監督も「本当によくできたマネージャーで、選手達のお母さんです(笑)」と絶賛していたが選手だけでなくそれを支える関係者全員の意識の高さを感じずにはいられなかった。

チームを支える大きな存在になっている4人の女子マネージャー


「答えを言う方が簡単な時もありますが、それだと選手も成長しませんから」と話す森山監督。練習や紅白戦の際も監督の指示に対してただ「はい!」と言うのではなく、「この後、こうしようと思います」とまず自分の意見を述べる場面がよく見られた。全員が「野球が出来る立派な人」となり、日本一を目指す。その“意識”が強く感じられる練習風景だった。(取材・文:西尾典文、写真:廣瀬久哉)

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