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創部3年目でつかんだ全国大会の出場権 東北楽天リトルシニア・中濱監督に聞く、選手の将来と育成方針

2016.11.8

リトルシニア秋季新人東北大会で見事優勝を飾り、来春行われる日本リトルシニア全国選抜野球大会への出場権を得た東北楽天リトルシニア。チーム結成からわずか2年足らずでの全国大会出場は快挙と言えるが、プロ球団が運営しているチームとしては当然という声があるのも確かだ。しかしここまでの道のりは決して平坦なものではなく、またチームとしても勝つことだけを目的にしているわけではない。チームを指揮する中濱裕之監督とリトルシニアを含めたスクール部を統括する渡辺誉志マネージャーに話を聞いた。


2014年12月、日本で初めてプロ野球球団が運営する中学生年代のチームである「東北楽天リトルシニア」が設立された。指導者は元プロ野球選手を中心に、セレクションには東北各地から受験者の応募があったという。レベルの高い指導を受けられる期待感から質の高い選手が集まり、自ずと結果もついてくる。周囲からはそのように見られたことは想像に難くないが、実際の現場ではそう簡単に物事は進まなかったようだ。地元仙台育英高校からプロ入りし、近鉄と巨人でプレーした中濱裕之監督は当時のことをこう振り返った。

現役時代は近鉄と巨人でプレーした中濱裕之監督

中濱「チームには宮城県以外にも一関、福島、山形からも通う選手もいます。それだけ実力に自信のある選手が多いので、1期生で集まった20人は、「自分が、自分が」という気持ちの選手ばかりでした。1年生だけで出場した大会に何回か勝ってしまったのも良くなかったのですが、全員で戦う意識が持てず、チームバッティングという考え方も難しかったです。」

地元ではいわゆる“お山の大将”が集まっても野球はあくまでもチームスポーツである。個々の能力だけで勝てるほど甘いものではない。そしてそれは次第に結果としても如実に表れるようになってくる。

中濱「今年の夏頃から負ける試合が増えて、目に見えて結果が出なくなりました。勝ってきていたのと同じようにやっていても結果が出ない。そういう経験をしたことで、選手達の意識も徐々に変わってきたように思います」

大事なのはまず、基本。選手に考えさせる指導を心がける

プロ球団が運営しているということもあって、設備や環境が恵まれていると思いがちだが、決してそういうわけではない。専用グラウンドを持っているわけではなく、土日の練習も夕方から行っている。前述した通り遠方から通っている選手もいるため、火曜と木曜の夕方練習も開始時間に間に合わないことがある選手もいるそうだ。そして協会からも、他のチームの選手が減少する影響を考えて、2期生の募集は最大10人までにしてほしいという要請もあったという。プロ球団の冠がついているからといっても、やはり簡単に強いチームを作れるわけではないのだ。そういう環境だからこそ中濱監督をはじめとした首脳陣は、プロとしての技術を叩き込むのではなく、選手に考えさせる力を養うような指導を常に心がけている。

リトルシニア秋季新人東北大会で見事優勝

中濱「もちろん勝つためにやっているので技術もしっかりと指導はしますが、大事なのはまず基本だと思っています。高校野球になった時にすぐに試合に使ってもらえる選手と言うのは基本がしっかりしている選手です。あとは全てこちらが教えるのではなく、ヒントを与えて選手が考えるということをクセづけています。教えられたことだけをやる選手だと、環境が変わった時に通用しないのでそういう選手にならないように意識しています」

そして野球の技術以上に力を入れているのが生活面での指導だという。

中濱「挨拶と礼儀。そこは本当に大事にしています。入団してきた時は小学校を出たばかりということもありましたが、本当に何もできなかったですから。練習に来てもしっかり挨拶できない。こちらが話しても正面から見ない。そんな選手達でした。あと試合にしても練習にしても自分たちだけでやっているわけではないということもよく話をします。親や周囲の人が助けてくれて応援してくれるからプレーできる。周囲の協力を得るためには全力でプレーすることは当たり前です。これはプロ野球も同じですよね。プロ野球球団の持つチームだからこそ、プロの世界でも重要視されている「人間力育成」という部分は、技術以上に高いレベルを求めて取り組んでいます。練習以外では選手に普段の学校での生活についてもよく話を聞くようにしています。そうすることで親御さんともコミュニケーションがとりやすくなりますし、選手への指導もしやすくなりますね。」

そのような地道な取り組みが実り、親も含めてチームが一つになる手応えを感じてきたという。負けが続いた夏場以降、選手の意識も明らかに変わり、選手同士の一体感も高まっていたそうだ。ある試合でそのことを印象付けるエピソードがあった。

中濱「公式戦での出来事だったんですが、キャプテンを務める吉原という選手に同じキャッチャーの遠藤という選手を代打で起用したんです。チームの底上げ、全員で戦う意識ということを意図して、です。普通の選手であれば自分が試合に出たいので、代えられたら"なぜ?"と思うのは当然なんですが、吉原は打席に向かう遠藤に対して「頼むぞ。お前に任せた!」って言ったんですよ。それで遠藤が三塁線にヒットを打って、ベンチでは吉原が喜んでいる。思わずじーんと来ましたね(笑)他にも守備が終わって戻ってくる選手をベンチ全員で迎えますし、チーム全員で戦う意識の変化は今回の優勝に繋がっていると思います。」

キャプテンの吉原瑠人くん

ベンチでは戻ってくる選手を全員で迎える

来年3月にはいよいよ初の全国舞台で“東北楽天”のユニフォームを身にまとった選手達がプレーすることになる。しかし全国で見ればまだまだ一つの新興チームに過ぎない。チームを裏方で支える渡辺誉志マネージャーも全国の舞台で戦うことの期待感と“怖さ”を感じているという。

渡辺「私が神奈川の緑中央シニア(現:横浜青葉)、中濱監督が宮城黒松シニア(現:宮城黒松利府)の出身で、20年以上前に同じ全国大会に出場していたという縁もあります。(笑)私は全国大会に出場した時に「上には上がいる」ことを知り、正直高いレベルで野球を続けることは難しいと悟ってしまったんです。中濱監督のようにプロまで行ける選手はごく一部です。私と同じように選手たちは全国の舞台に出て、初めて自分の実力を知ることになります。高いレベルに触れて更にレベルアップできるのか、敵わない相手と思ってしまうかは、選手次第です。選手たちには、絶対的な自信を持って、大会に出ることだけではなく勝つことを目的にした全国大会にして欲しいと思います。」

チームを裏方で支える渡辺誉志マネージャー

全国の舞台はあくまでもこれからの野球人生の第一歩。東北楽天リトルシニアの挑戦はまだ始まったばかりだ。



■監督プロフィール
中濱裕之 なかはま・ひろゆき
1978年生まれ。福島県出身。仙台育英学園高校では春1度、夏1度甲子園に出場し、1996年ドラフト4位で近鉄に入団。2001年にプロ入り初安打をマークし、翌2002年オフにトレードで巨人に移籍。2005年に退団後は社会人野球でもプレーした。2008年から楽天イーグルスジュニアスクールのコーチを務め、2015年に東北楽天リトルシニアの監督に就任。


(文・西尾典文 写真提供・東北楽天ゴールデンイーグルス)



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